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学生ボランティア派遣

201510/27(Tue)
ボランティア活動レポート

水害ボランティア 参加者アンケートより(栃木県鹿沼市・茨城県常総市)

水害ボランティアにご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

9月20日から10月12日まで、196名の学生と日本財団の関係者が参加してくださいました。

今回、学生の時に“ながぐつプロジェクト”に参加した方々や、高校生からも、多数参加の申し込みをいただきましたが、現地の状況等により、お断りさせていただきました。

今回参加してくださった皆さん、参加いただけなかった皆さんの、現地の方々へのお気持ち、大変ありがたく、感謝申し上げます。

水害ボランティア派遣についてのアンケートにお答えいただきました皆さんありがとうございました。

抜粋しました内容をご紹介いたします。

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

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*行くことができて良かったです。東日本大震災、実際に現場でのボランティアに行けたのは去年でした。その頃もまだ周囲に重機、専門の検査員の方々が動いていましたが、発生直後とはどことなく雰囲気が異なりました。

体を動かすことも単純作業も自分は好きでしたし、何よりああやって初めて顔を合わせるメンバーで協力して力を出すには、作業が単純ということも必要だったと思います。

また、現場コーディネーターの方のお話も大変興味深かったです。

*到着当初は、自分を始め他参加者もスコップなど資材の使い方に慣れず大変進行速度が遅かった。短い間の中で働きたいのに上手くいかない、と午前中から午後の始めにかけてイライラしたもどかしい気持ちも参加者の中にあったのではないかと思われる。しかし、作業が進み、参加者が資材の扱いに慣れた頃、参加者同士の声掛けや協力の効果が出てきて参加者の表情も明るくなってきた。最終的に側溝は全て泥を出すことができ、その時点で参加者は達成感を持っていたが、その先もある時間で頑張ろう!と思えたのはガクボのリーダーの方々の声掛けが良かったのも影響していると私は考える。

今後の展望を考えると、ボランティア参加者はただ目の前にある作業内容をこなすだけでなく自分たちに求められていた現場からのニーズを感じて動けるようになれば良いと感じた。今回も、作業内容としては「側溝の泥出し」だったが、私たちは何を期待されて作業していたのだろうか。単純な人手としての役割なのか、学生らしさ、明るさを求められたのか…。つい目先のことばかり考えて行動してしまうが、自分の振る舞いまでは私も気が入っていなかった。若者らしいはつらつとした雰囲気で元気をもらいたかった言われれば自分は達成できなかったということであるし、提示内容そのものをそのまま受け取って動くなら「学生ボランティア」の意味が薄れてしまうかもしれない。それだけではなく、その背景や提示者の顔を思い浮かべて自分で考えて行動することが今後求められるのではないだろうか。

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*行く前は、ニュース映像で見たような、建物が倒壊している悲惨な光景を目の当たりにするかもしれない、最悪亡くなった人を発見してしまうのかもしれないと想像していたが、実際に作業を行った場所は、それほどショッキングな光景ではなかった。

災害が起きると、インパクトのあるニュース映像が繰り返し流されるので、今までは災害ボランティアというと、まずはそのような状況の中で働くことをイメージしがちだった。しかし、側溝の土をひたすら掻き出していくという目立たない作業でも、それを誰かが行わなければ被災地にはとても大きな痛手で、災害以前の通常の暮らしに戻れないのだということを痛感した。今までの稚拙な考えを改めることができた。もちろんまだ一回しかしていないので、まだまだ学ぶことはたくさんあると思う。

*今回は楽しさを見出して参加したというよりも純粋にボランティアがしたくて参加しました。集合時からあまり他の参加者とコミュニケーションをとることに興味がありませんでした。現場についてからも何人かと自己紹介や簡単な挨拶はしましたがあまりわいわいと話しながらやろうとは思いませんでした。しかし少し時間が経ち、引率者がバス内で、人とのつながりができることもボランティアの利点の一つ、と話していたことを思い出しました。そして周りの人たちが話しかけてくるので、それに応じながらにぎやかに作業をすることにしました。今回の作業はやり様によってはかなりのハードワークでしたが、会話を楽しみながら作業を進めたこともあり効率良く進められました。今までストイックにやるボランティアだけが正しいものと思っていましたが、このようなやり方もありなのだと今回気付かされました。

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*今回、黒澤さんや板倉さんをはじめ、豊富な知識と技量と経験、そして温かい心を持った人、そして看護師や消防士など災害時の支援を将来の職業とする仲間と出会い、一緒に活動をすることを通じ、私も、自分、そして周囲の大切な人たちが災害にあった際、何かできるように、力になれるようになりたいと強く思いました。それには色々な方法があると思いますが、何か自分の強みとなる部分を身につけて、役に立てる存在になりたいです。

*不安な気持ちで挑んだ今回の災害ボランティアですが、今は参加してみて本当に良かったと感じています。バス車内で受けたオリエンテーションの「他人事」を「自分事」にという言葉がただ言葉にしてみると簡単だけれど、活動をしていくなかで、このことがなにより重要なことであると感じました。

東京と茨城、同じ日本で距離にしたらさほど離れていないのに、こんなにも違った生活、毎日を送っていると思うと胸が苦しくなりました。被害地から離れた場で、何の不自由もない生活をしていたら、確かにこの災害のことは自然と忘れていってしまうような気がします。しかし、いつどこで同じことが起こるのか分からず、いざ自分の家が同じ状況に立たされたらどう思うのか、現に今も苦しんでいる人が大勢いるといことを忘れてはいけないと強く感じました。

*ボランティア当日、バスに乗って参加したが、車窓から見える景色は現地の直前までごく普通の町並みであったため、かなり復興しているのではないかと楽観視していた。しかし建物は流されており、地面は泥だらけ、各地には流された家財道具や瓦礫が点在しており、現地に到着してようやく今回の災害の規模を思い知らされた。1ヶ月経っても復興が進んでいない現状を痛感した。

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*何のためにやるのか。それは、困っている人がいるからだ。力になりたいと思うからだ。また、作業は他のメンバーとの協業であるため、声掛けや協力することの重要性を実感した。大きい声を出す方が危険を回避でき、効率も良くなる。

現地に足を運んで感じたこと。メディアでは被害者数や被害面積が一番ひどい茨城県常総市が取り上げられるが、栃木等にも被害はあるということ。メディアに取り上げられない所で困っている人は確かにいる。それは、ニュースを受動的に聞くだけでなく、主体的に自分で調べたり想像したりすることで判明する。

反省点として、被災者の方の心に寄り添う姿勢に欠けたことがある。泥だらけになった苗かごを捨てようとしたとき、お宅のお母さんに「まだ使える」と指摘された。想像力が働いていれば、「これ、まだ使えるのでとっておきますね」の一言が言えたはずだった。

*被災のされた方と話すと、勝手に被災レベルが低いと判断していたことに気が付き恥ずかしくなった。震度、洪水量、津波の高さ、マグニチュード、落差、死者数など被害の規模を示すもの以上に「被災された方がいる」という事実は重要だということが分かった。

バスからおり、普段はしないようなフル装備での活動が始まり、想定外しか起きなかった。自分は流された土地のがれき除去作業をした。まず、思っていた光景と違った。岩手の沿岸部のような何もないという状態ではなく、何もかもある状態だった。いないのは人と家だけ。朝までキッチンで見てたような家具やタオルに加え、多くのタイルがあった。外見からみたら何も被害がなかったような家、一階部分が丸ごと消えてしまった家。伊豆大島の洪水の光景と少し似ていたが、あっちは山部分であったために、ものは下に落ちていった。でも、茨城は残り続ける。良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、災害が違う。重いタイルと終わらない作業に汗を流しながらも、被災という実感がわかないまま作業を行っていた。

ふと見上げると、通りかかった人に「ありがとうね。」と言われた。このことに関しては感情の分析ができないけれども、この瞬間の人の顔が忘れられない。その人はすごく疲れているように見えた。

テレビで見ていた人たちは、泣いていたり、頑張っていたり、進もうとしていたり、そんな何か感情のあるような人たちに見えていた。でも、私がみたその人は途方に暮れたような、寂しそうな小さな人のようだった。

何ができるかわからないけど、発信をしていきたい。被災地という土地ではなく、そこに人がいるということを。参加して本当によかった。

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*災害の後処理は機械だけで決して解決できるものではなく、人のチカラが絶対に必要であるということを強く実感しました。たとえば、何か大きな障害物などを取り除くには大きな重機を操縦してどかす必要がありますが、家の中に関する泥の掻き出しや、物品の整理などは人の手による介入が必要不可欠であるということを知りました。これまでニュースや新聞などで、災害から月日が経った後にも、被災地の現状について毎日のように情報を得ることはなく、どのように被災地が回復しつつあるのかということは、あまり詳しく見聞きしたことがありませんでした。今回、被災地に赴き、自分の目で見て感じて動いたことで、改めてボランティアの大切さに気付き、1日でも早い復興に向けて今後もボランティアが必要とされる限り参加したいと思いました。

*行きのバス内では、オリエンテーションや自己紹介があり、最低限の知識や約束などを習得し、これから共に活動するメンバーとも少しは打ち解けた。その後は、被災地に到着するまでバスの中から景色を眺めていたのだが、鬼怒川を過ぎたあたりの地域からは、妙に重い空気が流れているように感じた。それまでの街並みとの対照さには驚かされたとともに、本当にこれから被災地で活動するのだ、という緊張感と覚悟があった。

現場で実際に作業してみると、泥の中から写真や本、腕時計や布団などがたくさん出てきた。また、崩壊した家の中にまだ机などがあった。「それぞれの人の大切なものがまだ泥の中に埋もれている」「仮に自分の家がある日突然被災してしまったら」と考えると、懸命にスコップを動かし、がれきを集めずにはいられなかった。自分でも、この気持ちの変化にはとても驚かされたし、一日を通じて成長できたと思っている。

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*私は5人の班で1つの部屋の泥のかきだしを担当させていただくことになりました。担当した部屋を初めて見たとき、柱は所々壊れていて、床には20cm程の泥が積もっており、水害の怖さを改めて感じました。ですが、20cmなら、かきだし終えるのにそれほど時間はかからないと思いました。その考えが甘かったと気付いたのは、そのすぐ後でした。結局その1つの部屋の泥をかきだし終えたときには、私たちの作業終了時刻となっていました。そして、私の体力にも限界がきていました。正直、もう少し作業は進むと思っていたので、悔しかったです。ですが、「人の力は偉大だ」ということを感じることができました。機械がやることと人がやることを分担することで、はじめてこの家屋をきれいにするという作業が成り立っているのだと実感しました。

*自分の家に関しては、自分でやるか自分で業者に頼まなきゃいけないから。こういう時にボランティアが必要なんだ。国ができないことをボランティアはそこに住んでいる人と密着して手伝うことができるから。でもまだ人手は足りていない。とおっしゃっていました。がれき集めをしていて、こんなことちゃんと役に立っているのかなと思い始めていたので、とても心に残った言葉でした。

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*水というものは、人間には、必要なものである反面、時には、人間に刃を向けてしまう敵になるものだと思いました。人間に刃を向けた時には、これほど被害が及ぶ災害になる水害というものは、とても恐ろしいものだと思いました。

*参加して良かったと思った点をいくつか述べたいと思います。まず、ボランティア精神のある同年代と出会えたことです。同年代が積極的に活動している話を聞くことで、私自身も刺激を受けましたし、またボランティアに参加したいなという思いも抱きました。

次に、同じくボランティア精神のある一般の社会人の方と出会えたことです。仕事がお忙しいのに、せっかくのお休みにボランティアに参加するなんて素晴らしいなと思うと同時に、自分は同じ立場になった時にできるのかなと思っていました。帰りのバスの車内で、社会人の方の振り返りを聞いて、「大学生がボランティアで頑張っていたこと、娘に帰ったら話そうと思う。」とおっしゃった方がいて、娘に伝える、ということがほんとに大事だなと思って、それは天災や事故などを風化させない、いつまでも忘れないということにもつながるのではないかと感じました。あと、一般の方に学生が頑張っていたといってもらえたおかげで、お互いに違う立場同士で刺激を受けあっていたのかな、参加してよかったなという気持ちになりました。

そして、現地の方から直接感謝の気持ちをいただけたことです。私たちボランティアにはできることが限られています。今回実際に作業をやってみて、なかなか進まないということに気づきました。私一人の力なんてほんとに微力だなと、これで本当に被災地の方のためになっているのかと気を落とすこともありましたが、最後に実際に被災地の方から「ありがとう」という言葉を聞くことができて、最終的に参加してよかったなと思うことができました。

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*常総市といっても被災した地域は限られていることが、自分で足を運んだことでわかりました。常総市というくくりで情報を発信していると風評被害の恐れもあり、注意しなければならないと思います。メディアの見出しだけ読むのではなく詳細を確認してから判断すること、自分の目で現地を見ることの意義を感じました。

活動中に学生同士で楽しく話している場面を見て、新鮮に感じました。自分の中では、まだ復旧の目途が立っていない時期に現場で楽しい雰囲気を出していいのだろうかと疑問に感じていたからです。もちろん重苦しい雰囲気で活動する必要もなく、気軽に話せる雰囲気にすることで作業に活気が出ると思います。正解はないのかもしれませんが、他の学生がどう考えているのか話し合ってみたいと思いました。

今回参加したことで、自分の視野が一回り広がりました。

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*実際に作業したのはほんの数時間であり、一生懸命取り組みましたが、もっと頑張れたのではないか、自分がボランティアに来たことで、誰かの助けになったのだろうか、と不安になりました。しかし、最後に家主の方の笑顔を見たときに、私にも、何か力になれた部分があるのではないかと感じました。災害直後に家主のおじいさんにあったスタッフは、おじいさんのことをとても厳格で、恐い人だと思ったそうです。にこやかに笑うおじいさんからはその様な雰囲気は微塵も感じ取れなかったため、非常に驚きました。ときに人格さえ変えてしまうほどの威力を持つ天災を、非常に恐ろしく感じました。学生のパワーに、元気をもらったと言ってくれたおじいさん。私のできることはそんなに大きいものではないですが、「助けになりたい」という気持ちは、他の参加者ともつながって、大きくなって、おじいさんに届いたのではないかと思います。

*自分が被災した方々のために、力になれたかどうかは正直わかりませんが、本当に貴重な体験になりました。普段味わうことのない達成感がありましたし、それと同時に私たちが行った作業を毎日のようになさっている、現地のボランティアの方々を素直に尊敬しました。

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*現場についてみると、山積みになった土や木々、ごみが沢山あったり、重機がそこら中で動いていたりと、普段は目にしない光景が広がっており、「川の水がここまで来たんだ。」と自然の怖さを改めて感じた。作業内容的には、ごみの分部や木々を運ぶことなど力を使う作業などが多く、正直こんなに大変なのかと思う場面が多々あった。しかし、周りの学生たちも汗をかきながら、一生懸命に作業を行っている姿や、地域のボランティアの方が多く集まって、作業を行う姿に、私自身もできることをやろうと、すごく触発され、多くの力が集まるとこんなにも作業が早いのかと改めて、ボランティアの力の大きさを実感できた。

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*泥のかき出しの最中にその中から思い出の品などがないかどうか探しながら作業をしていくうえ

で、持ち主のわかる年賀状・手紙が出てきたり、中にはしっかりと箱に入れられた指輪を見つけること

もありました。こんなに被害にあって家が流されすべてが無くなってしまったと思っていても、地道な

復興作業を続けているうちに誰かの大切なものが見つかるのかと奇跡のような気持ちさえも体験するこ

とができました。その日に出会ったばかりの多くの仲間と交流を深めあいながら、辛いながらもとても

充実した貴重な体験をすることができたと感じています。自然災害は自分のことに置き換えると本当に

想像のつかない一瞬の出来事だということを現地は物語っていました。また活動を終えて、最初とは全

く違うきれいになった現場を目の当たりにし、少なくても人々が団結した時に“こんなに”大きな力に

なるんだなあと力の大きさを実感するとともに、でも1日かけても“まだこれだけ”しか復興に近づい

ていないだのという力の小ささも感じました。

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*実際に行ってみて、やはり、思っていたよりも被害は大きかったし、何よりも住んでいた「人」がいたという事実を身にしみて感じ、なにより、災害での人の悲しみや辛さを感じました。しかし、作業後に見せてくれたおじいさんの笑顔がなんとも嬉しく、力になれてよかったと心から感じました。わたしは、大学生がもっとボランティアに参加するべきだと思いました。社会人は仕事が忙しかったり、予定があったりと難しいですが、学生は比較的参加しやすいと思います。学生の力をここで発揮しないで、いつ発揮するのかと思います。そのために、参加者はもっとボランティア後に現地での経験や現状を伝えて、広める必要があると思います。今回一人で参加した人は、次は2人、3人と増やしていくことで、ボランティアがもっと活発になるのではないでしょうか。わたし自身積極的に伝えていきたいと思っています。

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*三日間様々な方が協力したことで、1つのお宅が片付いたということを見させていただいたこと

で、改めてボランティアは継続が重要なのだなということを感じました。

また、今回は班のリーダーをさせていただいたことで、ボランティアにおける自己管理と他のメンバーへの気遣いの大切さなど、新しい学びも得ることができました。

今後も継続されるということで、また参加させていただきたいと思います。

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*印象に残っていることとして、活動先の家屋のご家族のお話です。はじめは、絶望したこと、家族だけでどうにかするには、1年以上かかるのではないかと考えていたこと、ボランティアを要請したことでこんなにも早くここまで作業が進んだこと、お話してくださいました。災害はいつどのような形で起こるかわからないものであるから、起きてしまったとき、人々が協力し合い、支え合うことが何よりも大切なのだと感じました。

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*実際にお話を伺ったり光景を見たりして、日常が一瞬で壊れてしまう災害に対して初めて人事とは思えなくなった。やはり実際に自分で動いていかないと意識を変えることはできなかったと思うので参加させていただいてよかったと思う。被災された方々が一刻も早く安心して暮らせる環境を整えていってほしいと思う。災害は決して他人事ではないので、これからも機会があればボランティアに参加したい。

*このボランティアに参加させていただいた目的としては、ボランティアを経験してみたかった、人の役に立てることを実感したい、誰かの助けになりたい、といったことを目的として考えていました。テレビで見ていた被災地の光景実際にみたり、泥かきをして感じるものは多かったですが、人の役に立っている(助けになっている)ことはあまり実感できなかったも思います。しかし、倉庫内の泥かきという作業を通じて、流されてきたものや泥がだんだんとなくなっていく過程に携われたり、屋外の作業をされていた方々から聞けた現地のおばあさんの話は間接的ではありますが、ボランティアの意義を教えていただけたかと思います。今回のボランティアでは、いろいろな人と出会い、いろいろな活動を知るきっかけにもなり、とても重要な経験ができたと思っています。

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*報道がされなくなるにつれて現地のボランティアは減少している。そのため、1回きりではなく、何度も継続しボランティア活動を、参加者は現地の状況を帰ってから多くの人に広め、参加を呼び掛けることが必要だと感じた。

*田んぼだったところには家の瓦がそこらじゅうに落ちてあり、瓦だけで山済みになる量でした。ガラスが割れていたり、扉が埋まったりなど危険なものも多くありました。衣服も水を多く吸っていて膨張し、重たくなっていました。このようなものが多く堆積しているのみあり、泥も多少ヘドロのような異臭を放っていました。

このような状況で、自衛隊の活動は終了していて明らかに人手が足りない状況だと感じました。まだ、家に帰ることができず、避難生活を行っている人が多くいると話しを聞きました。私たちは、被災者の方と話をしました。その方たちは毎日自分のものが何か流されていないか探していると言っていました。今まで住んでいたところがなくなり、思い出の品が流されてしまった悲しさが涙となって出ていました。私たちが行った活動ではまだまだ終えることはできない。しかし、学生が被災者の方のためにできることは作業だけでなく、希望を与えることも可能なのではと感じました。

はじめは被災地の状況をみて、今後の学習に生きればと思っていたが、もっと多くの助けが被災地には必要だと感じました。機会があればまた参加してみたいと思いました。

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*休憩時間中にいろいろなお話を聞くことができた。このお話が今回のボランティアの中で一番の収穫だったと思う。浸水した日は水が来る前に避難情報は伝わっていたが、まさかこの高さまで水が来るとは思っていなかったとか語っていた。水かさが増したので軽乗用車で市役所へ避難したとのことだった。ご家族も全員無事だった。今まではテレビ、新聞等の被災者へのインタビューで同じような話を聞いて、なんでもっと早く逃げなかったのだろうと思っていたが、実際に近所で起こると、まさか自分には被害が及ばないという自信が生まれるのかもしれない。または想像を超える災害が増えているからなのかもしれない。自分達の家の周りのことは自分たちが一番よく分かっているはずなので、早めの備え、準備、場合によっては避難が必要だと感じた。この豪雨被害のように防げる災害もある。事前に防げれば財産を失わずにすみ、そもそも災害ボランティアは必要なくなり一番良いと思う。この経験を自分の地域にも生かしていきたい。

*ボランティアに来ているいろいろな人同士が、「お疲れ様です」と言い合う様子をみて、声を掛け合うことで被災地に活気を出し、雰囲気をよくすることができると思った。また、現地の方に道で「ありがとうございます」と声をかけていただいて、大変な状況の中でそんな風に、ボランティアに声をかけてくださったことがすごくありがたくて、よりがんばろうという気持ちになった。

今回、テレビで水害の様子を知って、何か少しでも役に立ちたいと思い、参加をした。1人での参加だったため不安もあり、参加をするか迷う気持ちもあったが、本当に参加をして良かったと思っている。テレビで被害の様子を見て人ごとに感じているのではなく、大学生である今、実際に被災地を訪れ、自分の目で被害の様子を見て感じることが、とても大切なことであると思う。大学生の私たちに出来ることは限られているし、人の助けがなければボランティアをすることさえできないけれど、何もしないより、何か少しであっても、行動に移すことが重要であると感じる。

*同じ学生同士が力を合わせてがれき撤去をしているのを見た時、ボランティアには困っている人々の助けになること以外にも意味があるのではないかと気づいた。それは学生同士の交流である。ただ単に作業に没頭するのも良いが、同じ学生同士で協力しあって活動する、こちらの方が確実に効率も上がり活気づくのは間違いないのである。私以外の皆もそのことに無意識に気づいていたのだろう。いつしか皆は仲間となり、終わってみればそこに友情が芽生えていた。

ボランティアとはなんて良いものなのであろうか。復興の為だけではなく、大切な仲間も作れる。もちろんメインは復興である。しかし、最後に出会った二人のおばあちゃん、彼女らが流した涙には私たちがボランティアをしていることだけに対してのものではない。それは若き力が一緒になって辺り一帯が活気に溢れている情景にも感動していたのではないだろうか。

私はこの活動を通じて、これからもボランティアを続けていきたいと思った。そこで困っている人々の為にも、そして自分自身の為にも。

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*「災害ボランティアとは」というところにはじまり学生にたくさんのことを教え、提供して頂けるこの機会があることを改めてありがたく感じました。

私は今回初めて災害直後にボランティアとして活動しましたが、スキル・体力・現地の方、ボランティア仲間とのコミュニケーションの全てに自分の至らなさを感じました。だからこそ、今後も継続的に参加し、いざという時に役に立つ人間になりたいと思います。

*実際に現場に行くまでは、本当にふつうの住宅街で、やっぱりもとにもどってきているのだなと思ったが、現場に着いて衝撃だった。何から手を付けて良いか分からないなか、自分ができることはなにかと考え、がれきを運ぶだったり、泥を掻き出すということくらいしかできなかったが、少しずつきれいになっていくのを見るとよかったと思えた。ごみとなった物のほとんどが、誰かの大切な思いの詰まったものだと思うと、胸が苦しかった。まだまだ何も片付いてないのに、報道はほとんど無くなっているので、自分が見たものを周りに広めていかなければいけないと感じた。

*地元の方が自宅の建物を、私たちボランティアの休憩所として貸してくださったり、現地で私たちがどのような作業をすればよいか、ほかのボランティア団体さんや現地の方と連絡を取り指示をくださる方がいたり、引率してくださる方がいたり、ボランティア活動をするには様々な方が関わっていることを感じました。

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*時間が限られていたので、被災された方々のお話をゆっくり聞いたりすることはできませんでしたが、お家の壁をはがしているときに、自分の家を自分で取り壊さないといけないのは、やっぱりつらい、というようなことをつぶやいているのが聞こえたり、家はだめになっても、命があるだけで幸せだとおっしゃっている方がいたりと、現場の声が聞けたことはとても貴重でした。

また、さまざまな大学から集まってきた学生ボランティアでしたが、休憩時間に自分のやっていること・これまでやってきたことなどを語り合い、つながりを作れたことがよかったです。バスの中でそれぞれが報告したように、各々感じ考えたことはたくさんありましたが、長期的な支援が大事だということで、また参加していきたいということで意気投合しました。

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*初めてその日に出会ったばかりのメンバーが、少ない経験者のもとで班分けされ早速の作業となったため最初はスムーズにはいかなかったかもしれない。しかし声を掛け合い、お互いに協力しながら作業をすることで効率を上げて活動を進めることが出来た。お手伝いさせていただいたお宅のお母さんから最後にお言葉を頂き、少しでも役に立てたのだと実感した。しかしながら現地ではまだまだやるべきことは沢山あり、人手不足が問題だ。そしてまた日本各地でいつ災害が発生するのかもわからない。いつ被災するのかわからない。いつ誰かに助けられるのかわからない。だからもし時間が許すならばたくさんの人に行ってほしい、そして自分もまた手伝いに行きたいと思う。

*被災された現地で活動したことで、復興支援の重要性を知ることができました。

私は、資材置き場でゴミ、思い出の品を含む生活用品や土砂などを分ける作業を行いました。想像以上の力作業で、自分一人の労力でこなせる作業は思ったよりも少ないことが分かり、日常を取り戻すことはこんなにも大変なことなんだと実感しました。時間が経つにつれて記憶や報道は少なくなりますが、1か月経った今でも現地では他のボランティア団体や住民の方々が復興に向けて活動されており、被災された規模や生活への影響の大きさに驚き、より多くの支援が必要だと考えました。

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*自分にできることは何なのか、想像しておいて心の準備をすることが大切だと痛感しました。

作業内容はひたすらがれきや家財を片付けることです。泥が付いた家財やコンクリート片はとても重く、かなりハードな仕事です。また、足元には釘やガラス片など危険物が散乱しており、気を抜いていると怪我をすると直感しました。すべて自己完結、ボランティアが怪我をすれば逆に迷惑になるので、怪我には気を付けました。がれきのなかには大きく重いものも少なくないので、他のメンバーと声を掛け合いながら協力することが重要です。人間一人一人は微力です。一日にできる範囲も限られています。重要なのは、災害から一ヶ月経ったあとも続けて活動することだと実感しました。一ヶ月経ったのに、片付けが全然進んでいない、というのが正直な感想です。まだまだ復興まで時間がかかりそうです。

*瓦礫の中からは年賀状や卒業写真なども出てきて、なんとも言われぬ複雑な気持ちになった。

少しでも早い復興の為に、多くの知人に声を掛けボランティアに共に行かないかと誘っている。大事なのは、他人事で済ませるのでは無く、自分事としてとらえなにかアクションを起こすことだ。今回のボランティア活動を通して強く考えたことである。

*作業を終え、集合場所に向かっているときに、何か自分たちのものはないかと探す年配の女性お2人と話す機会があった。その女性たちは「家が流されてしまった、家のものがないかと毎日ここを歩いている。ボランティアさんに感謝している。」と涙を流しながら話してくださった。水害にあってしまい辛い思いをしている住民の方たちの力に少しでもなれたらと改めて思った。

私が常総市に行く前からそこで活動をしているボランティアがいて、私が活動を終えたあとにも活動をしているボランティアがいて、少しの力が積み重なり復興に向かっていくのだということを感じた。実際に現場に行かなくては分からないことや感じることのできないことがたくさんあると今回の活動を通して分かった。これからも私にできることをやっていきたい。

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*活動が終わって、1人のおばあさんに出会った。彼女は被災者で、この水害ですべてを失った。「どんな些細なものでもいいから、せめて何か孫のものだけでも見つかれば」目に涙を浮かべそう語っていた。その時、ある列車のおもちゃのことを思い出した。瓦礫を分別する際、被災者の大切なものは所定の位置に集めることになっていた。私は、そのおもちゃは一部壊れていて泥だらけだったので、もう使えないと判断し、ほかのゴミと同じところに分別した。今になって思うと、その“ゴミ”は彼女の孫さんのものだったかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ一つ言えるのは、誰かの思い出の品であったということだけだ。その後、その“ゴミ”はどうなったのか分からない。私は、できるだけ被災者の立場に立とうとした。しかしながら、被災者の感じ方と、そうでない第三者の感じ方には大きな隔たりがあると感じた。

*初めてボランティアに参加をさせてもらい、私にできることは何かを考えた。私の取柄は明るさだと自負している。そのため、作業中にも参加者が暗くならないように明るく務めた。作業内容としては、外のがれきの撤去作業と被災者の方々の思い出の品探しだった。砂に埋もれているがれきの中で、服や仏壇に飾るものおもちゃなど多くの品が出てきた。作業はきつかったが、被災者の方々は毎日同じことを続けていると思うと私は甘えていたのだと再確認することができた。また、被災してからずっとボランティアを続けている方の話を聞いて、人手が圧倒的に足りていないことが分かった。被災者の方がボランティアの方には頭が上がらないといっていると聞き、切羽詰まった状況なのだと痛感させられた。印象に残っているのは、作業から引きあがるときに、実際に被災した方が、孫との思い出の品がないか毎日歩いて探していると涙ぐみながら語っていたことだ。我が家が流され、思い出も流され、残っているのは家族と身一つだけなのだなと私は感じた。今回、テレビでしか見たことのなかった現状を現地で見て、一刻も早い復興を願うばかりである。

*私たちは燃えるもの、燃えないもの、思い出のものという3つに分けて物を集めました。私はキーボードやキーホルダーを見つけたのですが土の中に日常にあるものが埋まっているのを見て心が痛みました。作業が終わり思い出ボックスという思い出のものを入れた箱を持ち、歩いていたときに地元の方が駆け寄って中身を確認していました。田んぼだったところへ毎日行き、何か自分の家の物はないか探しているということでした。その方は目に涙を浮かべお話しされていたのに、私たちボランティアに「ありがとうね」と言ってくださいました。私たちがガレキ拾いをした場所はほんの一部分でしかなく、何が埋まっているかわかるところしかガレキ拾いをしなかったので、もしかしたら土の中に思い出の物が埋まっているのではないかと思いました。

今回ボランティアに参加して日常生活を取り戻すことは決して簡単なことではないなと思いました。私は外で活動をしていて家の中の様子はニュースでしか見ていないので何とも言えないのですが、ボランティアをする人が継続して活動することが大切だと感じました。

 

*今回のボランティアを通じて、被災地の状況が予想以上に酷いことが分かった。

ニュースを見た限りだと車が水没したり、建物に関しては一見被害がないように見えた。しかし、実際は違った。、掘り起こせないくらいにかなり深くまで埋まっているものもあり、水害の恐ろしさを改めて実感した。

ドアも瓦も一人では持てないほど重く水の力は強大だ。

このような物まで流されてしまうのだから、人なんてあっと言う間に流されてしまうだろう。

しかし、事前にしっかりと情報が伝わっていれば今回のような事態は最小限に抑えられたのではないだろうか。「洪水はライフラインである電気を喪失させました。合わせて情報共有の要でもある「携帯電波」が喪失した事も情報不足を招いた原因となっています。そのような情報を外部に頼るしかない状況ではTV(航空からの映像)だけが頼りになりました。 常総市で被害に遭われた、避難された方々も、冠水被害状況はTVでしか得られない状態になりました 。しかしながら、メディアによる情報には限界がありました。それは詳細被害を伝えるに当たり、現地入りが冠水により阻まれたという点です。それにより、ニーズに合わない情報の中、復興へ歩むこととなりました。 」

これはニュースの記事だが、このように電気が喪失して携帯電波も届かないとなると情報の取得に限界がある。私は卒論でこのような災害時の情報不足をなんとかしていきたいと思っている。

*私たち学生にとっては、ボランティアを行おうと考えても、機会がなかったり、費用の問題があったりと難しい場合があります。そういったハードルを取り除き、貴重な機会を定期的に提供していただけていることに非常に感謝しています.

*バスの中で基本的なオリエンテーションも大事だけれど、班分けを行なったらその中での最低限の交流も到着前に済ませたい。アイスブレイクなしでボランティア活動に入るのでは非効率な部分も出てくる。皆の意識がしっかり向いていれば、難しいようだけれども実行可能であると思う。

*学生にとって交通手段は非常にネックであるため、交通手段を整えてくださったことはとても助かりました。また、バスの中での研修など必要なことをしっかり教えていただき非常にありがたかったです。

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ありがとうございました。

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