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学生ボランティア派遣

201703/08(Wed)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第152陣 福島県いわき市行き 活動報告

活動報告

期間:2017年2月16日~2月19日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目: オリエンテーション~高速バスでいわきへ~銭湯~夕食~振り返り

2日目: 朝食~ゆうゆうファーム(昼食)~スカイストア~夕食・銭湯~振り返り

3日目: 朝食~富岡町視察~浜風商店街(昼食)~寮の掃除~長源寺~銭湯~夕食~振り返り

4日目: 朝食~清掃~薄磯にてゴミ拾い・植樹祭(昼食)~4日間の振り返りとアンケート記入~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いてる報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

2月16日(1日目)

オリエンテーション後、13時半発の高速バスでいわきへ。

車内で、今回の資料に目を通す学生の姿がありました。

予定通りいわきに到着後、銭湯へ行き、夕飯を頂いた後、自己紹介と今回お世話になる方々の資料を確認。

明日からの目標を「時間厳守し5分前行動。感謝の気持ちを忘れず接する」に決めて22時に終了。寮に移動して就寝。

 

2月17日(2日目)

7時からの朝食後、タクシーとゆうゆうファームの丸山さんの車に便乗し、いわき市小川町塩田にある塩田公民館へ。

 

午前中丸山さんの指導の下、風で損してしまったフェイジョアのビニールハウスのビニールの撤去を、女子が担当。男子は、隣の畑で栽培しているブラックベリーの堆肥追加作業をしました。

 

途中、休憩を挟みながらてきぱきと作業を進めました。

この日はとても暖かくて、作業をしていると暑いほどでした。

お昼になり、塩田公民館から車で約3分の所にあるゆうゆうファームに移動して昼食。

スカイストアさんのお弁当と、丸山さんの奥様が作って下さったお味噌汁と共に美味しく頂きました。

午後からは、ゆうゆうファームの敷地内で伐採したヒノキの木の皮を剥ぐ作業をしました。

本来伐採した直後であれば、スムーズに皮が剥がれるそうですが、伐採して1週間ほど経過していたため皮が乾燥してしまい、作業に時間がかかってしまいました。

プロジェクトの中で多くの福島の方と触れ合うことができ、沢山のお話を聞く中で、自分がマスメディアやネットを通じて“知ったつもりでいた”情報は、必ずしも被災地の現状を反映しているとは限らないということに気づきました。マスコミの報道は、無数にある被災地の考えの中から一部を切り取って紹介しているに過ぎず、現地では報道と反する考え方を持つ人も多数存在します。現に私たちがお話を聞かせていただいた方々もそれぞれ異なった考えを持っていて、それぞれがそれぞれに自分達の故郷の事を考えていらっしゃいました。

 

途中の休憩時間に、丸山さんの奥様手作りのフェイジョアのデザートやケーキを、フェイジョアティーと共に美味しく頂きました。

夕方16時半頃まで皆で協力して作業を行い、メンバーを代表してリーダーより感謝の言葉を伝えて、ゆうゆうファームを後にしました。

活動前は、「まだ傷の癒えないであろう現地の様子を見に行って学びたい。そしてその情報を正確に伝えたい。」という、比較的自分自身の成長を意識したものが強かったが、活動をさせて頂く中で、ボランティア活動は自分の成長のためだけにあるものではなく、何らかのニーズがある人、事に対し支援をさせて頂くことで、お互いに助け合い、成長し合えるものであると思った。

 

スカイストアでお買い物を楽しんだ後は、銭湯と夕飯の時間として2時間半の自由時間をとりました。学生たちは、中華料理の鳳翔に行ってお腹いっぱい食べたそうです。

 

21時から、学生リーダー2名の進行で、振り返りをしました。

被災地デイズも使って、物事を色々な角度からみる必要性をしっかりと感じ、22時半に終了。

オリエンテーションの時や毎晩の振り返りでのYESかNOの選択の討論や、同じ質問を何人かの人にすることで、多くの角度から物事を捉えることが大切であることが分かりました。

 

多様性、多角的に物事を見ていくことの重要性を感じた。物事を一つの方向からではなく、様々な角度から捉えることが重要なことだと感じた。

 

 

2月18日(3日目)

早朝6時半からの朝食後、富岡町視察のため、いわき発7:52分の列車で竜田へ。

ジャンボタクシーとタクシーに分かれ、楢葉タクシーの運転手 山内さんの案内で、約2時間半かけて富岡町を視察しました。(山内さんから貸していただいた線量計で数値を確認しながら視察)

視察ルートは、

  • 天神岬公園(降車し話を含めて約30分)
  • 福島第二原発 入口周辺(車内から視察)
  • 富岡駅周辺(降車し約15分)

  • パトカーの碑が移設された公園 (降車し約20分)

  • 夜の森桜通り(車内から視察)
  • 楢葉遠隔技術開発センター(車内から視察)
  • Jビレッジ(車内から視察)

学生たちは、山内さんに色々と質問を重ねていたそうです。

 

一番衝撃的だったのは、山内さんの「震災前は原発に賛成が98%、震災後は賛成と反対が半々」という言葉でした。私はもう原発はなくなっていくものだと勝手に思っていました。「火力や水力では補いきれず赤字である」ということから、やむを得ない状況なのかと考えましたが、それでも賛成している人がいることにとてもびっくりしました。

津波で壊された家や、3月11日当日に撮影された写真などを見て、人生何があるか分からない。だから今こうして生活できていることが当たり前なのではなく、誰かの手によって支えられて助けられながら生きているのだということを感じることができた。日々に感謝しながら、人々に感謝しながらこれから生きていきたいと考える。

 

現地の方々が、私達に辛い経験や嫌な思い出を話してくれるのは、“今後自分達と同じような思いはしてほしくない”という気持ちが強いからだと思います。津波の危険性や防災意識について多くの人に発信していかなければと強く思いました。

 

浜風商店街到着後、山内さんとお別れをしてからすや食堂にて昼食。

学生たちは、有賀さんが手配して下さった餃子に大喜び。

昼食後、浜風商店街を後にしてJRにて久ノ浜からいわきへ戻りました。

 

第一に自分の事ではなく、常に相手の事を考えることが大切だと改めて思いました。相手に寄り添い、心のケアをしていく必要があると気づきました。

 

私が今回接点を持った方々は、皆明るい性格でとても優しい方々だった。

しかし、その明るい性格とは裏腹にそれぞれ震災に対する辛く悲しい記憶があるように感じた。

私の出来る事は現地の方々と明るく接し、世間話をして気を紛れさせたり、辛く悲しい記憶をしっかりと受け止めることだと思った。

 

「復興をしていくにあたって、ボランティアはどのような活動をすることが望ましいか」という質問に対し、「心のケア」と話されている方が非常に多く、その人の立場に立って考えていくなど最も大切だと思われる“人の心”を大切にしていくということを話されていた。

人の心を尊重し、人と人との繋がりを広げ、全員が笑顔になれることこそが復興への大きな一歩となると思う。

 

13:30から約30分かけて寮の掃除(最終日、掃除の時間が限られているので)、前倒しして3日目に行いました。

トイレ・洗面所・廊下と階段・玄関に分かれ、要領よくお掃除を済ませて、14:40頃長源寺に到着。

栗山副住職より、震災当時のご自身と家族の事から、ボランティアとして携わっていた時の事、今後震災が起こった時の支援の仕方や注意点などを約2時間に渡って伺い、その後震災当時の寒い避難所での動けない苦しみや、プライバシーのない空間での苦痛を25分間の座禅を通して体験。

今回のボランティアを通じて、「傾聴」と「挨拶」についてより気づかされた。

「傾聴」では、話を聞く際の配慮が大切である。

話をして下さる方も触れてほしくない事、思い出したくない事があり、聞く側はこのことに注意して相槌などをうたなければならない。

「挨拶」では、人間関係のファーストコンタクトとなるために、より気を付ける必要がある。

初対面の人同士で話をする際、この「挨拶」がしっかりと出来ていない場合、良い関係を築きづらく、これが上手く出来ていれば、話す側、聞く側も気分が良くなり、話の内容も100以上話し伝えることが出来てくると感じた。

 

18時過ぎに長源寺を後にして銭湯を済ませた後、19時半から夕飯へ。

この日の夕飯は、有賀さんが手配して下さった、「五楽」でした。

20時半ごろ有賀さんが合流して下さって、学生たちとの時間となりました。震災当時の事や、学生たちに伝えたい思いなどをお話して下さって、とても充実した時間となりました。

 

自分が今まで見てきていたニュースや新聞というのはごく一部のものであり、コントロールされたり、切り取られたものであったということを実感した。

やはり現地で見ることにより、被災された方の話を聞くことにより、今まで知ることができていない事を知ることができたり、誤って理解していたことを理解しなおすことができた。

 

 

22時前から学生リーダーの進行で、振り返りの時間。

初日からそうでしたが、メンバーが発表した後は自然と拍手があがる陣で、それぞれの価値観や考え方を尊重し、更に考える姿勢が見られ、毎回振り返りはとても内容の濃いものでした。23時に終了。

 

2月19日(4日目)

6時半からの朝食後、掃除を済ませて、8時前のバスにて薄磯へ。

薄磯復興協議委員会の鈴木さんと室谷さんが対応して下さり、9時から約1時間、海岸のゴミ拾い「薄磯地区クリーン作戦」に参加しました。

ゴミ拾いにはGakuvoだけでなく、大学生や地区内外の方も参加していました。

Gakuvoの学生たちは、スタートと同時に自主的に一番遠い海岸線に向かってゴミを拾いに行っていました。

11時からは、鶴岡八幡宮から寄贈されたツツジの植樹祭に参加しました。

この日は強風で砂が舞うなかでの植樹祭式典、Gakuvoのメンバーは本部テントが強風で飛ばされないように、みんなでテントを抑えました。

式典の後は、あらかじめ仮植樹されていたツツジに肥料と水やりをしました。

12時前からあんこうのどぶ汁と、おにぎりの炊き出しのお手伝いをさせて頂きました。

みなさんに食事が行き渡った後、私達もどぶ汁を頂きました。初めて食べるどぶ汁は、みんなの口にも合ったようでした。

昼食の後、薄磯復興協議委員会の鈴木さんより、薄磯復興協議委員会が立ち上がった時の事、高台移転が決まるまでの経緯、今後の課題などについて約40分間にわたってお話を伺うことができました。

お話の中で、「途中で立ち止まらず約6年間頑張ってきたのは、震災直後遺体の捜索をしていた時、ご近所だった方のご遺体を前に、この場所を守ってく。この場所を、また人が集まる場所にするのだと誓ったから。そして同じ志を持つ仲間がいたから、支えてくれた仲間がいたからここまでこれたんだよ」と言われ、学生の心にもそして私の心にも、深く刻まれました。

 

印象に残っていることは、福島県の多くの方が「つながり」をとても大切にされているということです。

つながりが多いほど困った時にお互い助け合うことが出来ます。私も今回出会った人々との縁を大切にして「つながり」を切らさないようにすることも、自分にできるボランティアの一つかなと思いました。 

 

鈴木さんが言っていた「海が好きだから」「ふるさとにもう一度帰りたかった」という言葉で、私は心が動かされました。

自分が育った町を愛する気持ちと仲間がいたから頑張って来れたと言っていたけれども、私は今、ふるさとを愛し、仲間に愛される人間なのだろうかと考えさせられました。防災教育の大切さ、ふるさとを愛せる人づくり、仲間と協力できる人づくりを私は今後していこうと思いました。

 

帰る前にリーダーからのお礼の言葉の中で、「お話を通して、震災が多くの者を奪っていたことを知り、皆さんの苦労も伺い、そのことを考えると言葉がでません。私は春から学校の先生になりますが、この震災の事を、子供たちに伝えていきたいです」と涙ながらに伝えていました。

 

鈴木さんはずっとこの委員会を続け、街を興そうとしているのは「意地」とおっしゃっていましたが、私は「愛」だと思います。

これからどんどん復興し、きれいな街に、きれいなビーチにたくさんの観光客や居住者が増えることを願っています。

現地の被災されている方と触れ合うことで、TVやインターネットでは得ることができない現地の方の生の声を聞けたことは大きいと思っている。

大震災からもうすぐ6年ということもあり、ある程度は復興が進んでいると考えたが、実際は違った。

復興とは以前より優れた状態にすることだということを知った。

この意味で考えると、現在の福島はあまり復興をしているとは言えないと思った。

 

13時半頃のバスでいわきに戻り、寮にて最後の振り返りをしました。

学生からは「学ぶということを達成できた」「防災について意識や対策をしようと思った」「2度目の参加だったけど、新たな発見がありました。風化させないことが大切だと思った」「メディアでしか知らなかった被災地に来て、生の声を聴くことができて本当に良かった」「4日間を通して自分が感じたことを伝えていきたい」「震災時のお話を通して、普段の何気ない生活のありがたみを感じた」などの意見があがりました。

その後アンケート記入に移り、17時の高速バスで東京に戻り解散をしました。

4日間を通じて感じたのは、微々たるボランティア活動の持つ力です。

今までボランティアに従事する中で、「果たして自分は役に立ったのか?一時だけの偽善と思われていないか?」という無力感、余計な心配を感じていましたが、関わる人が皆「ありがとう。また来てね。」と言って下さるので、目の前の人がこういう限りボランティアの価値は十二分にあるのだと実感しました。

薄磯で「様々な人が自分の専門や得意分野を活かせば社会はもっと良くなる」という言葉がありました。

これはお寺での「人はひとりでは生きていけない」という言葉に通じるとも思っています。

それぞれの立場、場所にあっても被災地の事を心に留め、細く長い繋がりを保っていけば、みんなの力を持って各個人の「復興」につながると感じます。

いわきの皆さん ありがとうございました。

152陣に参加した皆さん、引率の宮崎さん お疲れ様でした。

 

 

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