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学生ボランティア派遣

201709/01(Fri)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第163陣 福島県いわき市行き

期間:2017年8月18日~8月21日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目:オリエンテーション~高速バスでいわきへ~長源寺~銭湯~夕食~振り返り

2日目:朝食~薄磯にてイベントの手伝い(昼食含む)~銭湯~夕食~振り返り

3日目:朝食~富岡町視察~浜風きらら(昼食)~浜風商店街~募金活動~夕食~

流灯花火大会のお手伝い~銭湯~振り返り

4日目:朝食~掃除~オリーブプロジェクト~社員寮の庭の手入れ~昼食~寮の掃除~

4日間の振り返りとアンケート記入~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いている報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

8月18日(1日目)

オリエンテーション後、13時発の高速バスでいわきへ.。

到着後、長源寺へ。

栗山副住職より、震災当時のご自身と家族の状況や、ボランティアとして携わっていた時の事などを伺い、その後震災当時寒い避難所での動けない苦しみやプライバシーのない空間での苦痛を、座禅を通して体験しました。

 

1番記憶に残ったお話は、「傾聴」はとても大切だというお話です。

和尚さんとしての役割は、人々と親身になってお話することだとおっしゃっており、避難場所の体育館で様々な被災者の方々と関わる中で、被災者の気持ちになって考えることの大切さを学ぶことができたそうです。

 

栗山さんのお話の中で特に印象に残ったのは、「傾聴」という言葉です。

相手の立場に立つというのは簡単なようで実際に行動に移すのはなかなか難しいことだと思います。

被災者と支援者という関係ではなく、個人と個人で向き合うことの重要性を初めて知ることができました。

 

栗山副住職の教えの中で最も印象深く記憶に残っている事は、原発から○○Km以内の範囲に住んでいる方には補助金が出て、それより1mでも離れた地域には補助金が出ないというお話でした。

ほとんど地域環境が変わらないのに補助金の有無による格差が嫉妬を生み、復興の足かせになっている事実を初めて知りました。

人を救うという行為も、その結果、誰がどう救われるかということを予測することは大変難しいことだと思いました。しかし、その問題に立ち向かい、少しでもみんなが幸せになれるように奮闘することが必要不可欠なのです。

 

銭湯と夕食を終えて、自己紹介と4日間の自己目標などを発表し、明日のスケジュールを確認後、就寝。

 

8月19日(2日目)

朝食をすませ、バスにて約30分の薄磯へ。

薄磯多目的広場で開催された「薄磯ふれあいスケートボード大会」のお手伝いをさせて頂きました。

2つのグループにわかれて交代しながら、駐車場誘導案内、会場内清掃とステージのお手伝いに携わりました。

生憎の曇りの天気だったこともあり、空いた時間の中で現場の責任者だった地元の方より、震災当時のお話を伺うことができました。

今回の活動で最も驚いたことは、被災者の人たちについてである。

家族や親せきを亡くした方もいるため、その表情には悲しさがあるとばかり考えていた。

しかし、会った方々は悲しいことがあったとしてもしっかりと前を向いており、私自身より遠くの未来を見据えていた。私はこの人たちの力に少しでもなれるように日々努力していこうと思う。

いわきに戻ってから3時間の自由時間をとり、銭湯・夕食(鳳翔)・お土産購入をすませて、19時より振り返り。

明日のスケジュールと、訪問する富岡町の情報を共有し、22時に終了。

 

8月20日(3日目)

朝食後、JRいわき駅から竜田駅へ移動。

楢葉タクシーの運転さんの案内で、ジャンボタクシー2台に分かれて、約3時間の視察へ。

福島全体が同じスピードで除染作業が進んでいるのだと思っていましたが、大熊町や双葉町は放射線量が多いため、まだ除染作業をすることができず、他の地域はほとんど除染作業が終わっているのです。

大熊町、双葉町の除染作業を行うには10年くらいの期間が必要で、10年後に危険な場所に戻ってくる方々は少ないため、予算をかけないということも知ることができました。

国が原子力発電所を作っておきながら、何かあった時は最後まで面倒を見ることなく見放すなんて、残酷で無責任であると感じました。

 

一見復興を果たしている街並みの中にも、つめ跡が残されていました。

それは津波の破壊した跡や、汚染土の仮置き場などの「物質的」なもの以外にも、地域間の人々の間にある「補償金」を巡る妬みや孤立問題などの「精神的」なもの、表面を見ただけでは分からないものもありました。

災害についてだけではなく、現在社会にある様々な問題の解決等を考えるときには、できるだけ当事者の方々の生の声を聞き、多角的に考えるようにしようと強く感じるようになりました。

 

パトカーの碑とか津波の跡が残ったままのお家とか見て、胸が苦しくなって泣きそうになったりもしたけれど、そういうのも現地に来ないと感じることができなかったものだと思うから行って良かったし、この4日間は自分の中の財産になったなと感じた。

 

からすや食堂にて、有賀さんが手配して下さった餃子と共に昼食を楽しんだ後、8月末で閉鎖される浜風商店街へ足を運びました。

到着すると美容室のお母さま、酒屋さんのお母さまたちが出迎えて下さり、温かいおもてなしに心が温かくなりました。

ボランティアを通して出会った人々の温かさ、懐の大きさを感じました。

復興が始まった福島を今回見れて、地元に帰ったらたくさんのことを伝えなければならないと強く思います。自分の小さな行動が少しでも復興の手助けになればいいと考えます。

 

情報館の写真や資料を拝見させて頂き、御礼のご挨拶をして、JRにていわきへ。

15:00から約1時間半に渡って、長源寺の栗山副住職様と、いわき駅前で募金活動をしました。

初めての経験にドキドキしながらも、「九州北部豪雨災害と、秋田の豪雨災害の被災者への義援金の募金活動を行っております。ご協力をお願いします」と大きな声でお願いをし、頭をさげました。

募金活動では、元々被災者の方々であるおばあちゃんが九州北部や秋田豪雨災害の人々のために「頑張ってください」と笑顔で募金をしている姿はすごく印象に残っています。

私もこのおばあちゃんのように、自分達が少し苦しくても人のことを思いやれるような人物に成長したいなと、考えるようになりました。

 

募金活動でもいわき市の方々は本当によく立ち止まって協力して下さる方が多く、感銘を受けました。

人の温かさと強さを知ることができた4日間でした。

 

募金活動終了後、夏井川流灯花火大会のお手伝いの為、熊野神社へ。

夕食のお弁当を頂き、会場の夏井川河川敷へ向かいました。

20時前からの打ち上げ花火を、私たちも楽しませて頂き、会場を後にしました。

銭湯をすませて夜の振り返りへ。

午後からの募金活動や、花火大会のお手伝いの感想を発表し、23時終了。

 

ボランティアのプログラムでは、地域の人に触れ合いつつ、様々な体験をさせていただいて、イメージと現実のギャップを体験した。

このギャップはおそらく現地に足を運ばなくては埋めることは出来なかったと感じた。

テレビニュースや新聞は情報の加工がなされている。情報は経由が増えるほどその信頼度を失っていくため、これを機会に気になったら行動をすぐ行うようにしようと思う。

 

東日本大震災から6年が経った今、風化してきている現状がありますが、元通りに戻ることができないという悲しい現実を多くの人に知ってもらい、風化させることのないように自分が身近な人に伝え、少しでも役に立つことができればと思いました。

 

 

8月21日(4日目)

7時からの朝食後、掃除を行い、8:20のバスにてオリーブ畑へ。

いわきオリーブプロジェクトの舟生さんの指導の下、女子はオリーブ畑の雑草抜き、男子は畑の土の運搬に携わりました。

その後11時にタクシーにて社員寮に移動して、社員寮1階の庭の雑草刈りを約1時間に渡ってしました。

(いわきオリーブプロジェクトの新たなフィールドになる予定です)

作業終了後、12:30~昼食。

(スカイストアさん特製、Gakuvo弁当/オリーブパスタ入り!)

13:30~寮の清掃をして、14時から最後の振り返りをしました。

今回のボランティアで現地の方に様々な話を聞いた中で、1人1人の意見や考えの違いが現状での1番の問題であると多くの人が口にしていました。

この問題を含め、福島の「今」を、地元に戻ってから身近な人に話すことが私の役目だと思います。

アンケート記入時間をとり、17時発のバスにて、いわきから東京へ。

予定よりも少し早い20:20頃に東京駅に到着し、笑顔で解散しました。

 

いわきの皆さん ありがとうございました。

163陣に参加した皆さん、引率の宮崎さんお疲れ様でした。

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