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学生ボランティア派遣

201712/08(Fri)
[災害支援] ボランティア活動レポート

学生インターンによる九州北部豪雨ボランティアレポート

九州北部豪雨災害でのボランティア派遣の第2陣(10月22日)にGakuvoインターン1名が、第3陣(10月28日)に3名が参加しました。
学生視点のレポートをご覧ください。

当事者とは 近藤 常葉(首都大学東京4年)

「世界で起きてる災害に関係ない人なんていないんじゃないかなって思ってるんだよね。」

活動場所へ向かう途中の車の中で、運転してくださった女性に言われた。異常気象と言われているものは誰が引き起こしているのか。小学校の教科書にさえも答えは載っている。

そうであるのに、私はいつの間にか他人事になっていた。

実際の活動はとてもハードで、午後には会話をする余裕すらなくなっていた。それでも私たちは手を止めなかった。止められなかった。

一番被害の大きかった7月5日の豪雨からすでに3か月半を過ぎていた。多くの山に見られる土砂崩れの一本線、丸ごと泥だらけの家、泥に埋まっている電柱。ニュースからの事前情報など役にも立たなかった。また、一時避難所にまだ積み上がっている行き場のない支援物資、家屋や畑の高低差から生まれる被災の差や助成金の差から生じるコミュニティを取り巻く問題、ボランティアセンターが介入を諦めた場所など知る由もないことまで、教えてくれた。そんな現状を知ってしまった私たちは、自分が出来る最大限をひたすらやり続けることしかできなかった。

でも、頂いた柿を「おいしいです!」と家の方に伝えたとき、その方がにっこりと笑ってくれた。想像もしきれない災害を経験した、数日、数時間で日常を失ったその人の笑顔は、一生忘れることはないと思う。間違えなく私たちはそのために来たのだと確信した。

どんなにきれいな言葉で飾っても、私たちボランティアは当事者との大きな壁があるのかもしれない。でも、学生だからこそ利害関係なしに、素直に気持ちを伝え合える気がする。そこから生まれたコミュニケーションを通じて、自分の起こしている環境問題や風評被害に改めて気付かせてもらえるし、ボランティアという他人事ではなく当事者として考える大切さを感じた。

現地での重機などを使用して活動を続けているコーディネーターの方の言葉を借りると

「出来ない理由を探すのは簡単。でも、出来るように工夫する努力をしないと何も始まらない。」

出来ることから、出来ることを。微力だけど無力じゃない。

チームながぐつプロジェクト九州北部豪雨ボランティア第2陣 福岡県朝倉市 活動報告

「ありがとう」の重み 鈴木 穂乃花(共立女子大学2年)

10月28日に、私は九州北部豪雨による被害を受けた、福岡県朝倉市杷木地区での災害ボランティアに参加した。

活動内容は、主に納屋から外に流れ出てそのままになっていた農耕具などを運び出す作業と、豪雨の影響で崩れてしまった家屋の中の家財の整理をする作業、土砂に埋もれた軽トラックを抜き出す作業をさせていただいた。

本格的に活動する前に、現地ですでに活動している方に、これから活動する地区はどのような被害が多かったのかなど、説明をしていただいてから私たちは活動地へ向かった。活動地へ向かう途中には杷木地区志波の名産品の志波柿の柿畑が辺り一面に広がっており、綺麗なオレンジ色の柿に私は目を奪われていたが、少し進んだ先には非常に衝撃的な光景が目の前に広がっていた。山はあちこちで土砂崩れを起こし、河川の氾濫によって一階部分は飲み込まれ二階だけが残った家など、豪雨が残した爪痕を実際に目にして私は言葉を失った。今まで新聞やニュースでしか見たことのなかった光景を目の当たりにして、改めて自然の恐ろしさを痛感した。

活動した家屋の中は、流れ込んだ土砂の重みで取っ手を引くことの出来ないできないタンスや棚も被害の大きさを物語っていた。家の中だけ時間が止まっているようだった。床に物が散らばっていることが多く、ずっとかがんだ姿勢で作業をしていたのだが、これを家主さん一人でやるとなると非常に負担のかかる作業だと身をもって感じた。午後の作業からは家主さんもいらっしゃり、私たちが運び出した家財を選別していただき、さらに作業を進めた。何も知らない突然やってきた大学生の私が、1つ1つご家族の思い出の詰まっているものをいらないものなどないはずなのに、大まかではあるが いる・いらない の選別なんてしていいのだろうか?と感じながら作業をすることもあった。しかし、家主さんのご家族が私たちの活動中に何度も「ありがとう」と声をかけて下さり、私たちが土砂の中から運び出した写真を、微笑みながら整理している、家主さんの前を向いて困難を乗り越えようとしている姿を見て、私の方が勇気をもらった。

活動を通して、自分達の暮らす同じ日本で起きていることなのに、何も知らなかった自分が恥ずかしくなったと同時に、この時に私が目にした光景、抱いた感情はこの活動後も忘れてはならないし、自らその地に行ったからこそ、これから私達が情報を発信していかなければならないなと強く感じた。そして、これからも自分の出来ることからこの災害の復興に関わり続けたいと思った。

私が触れた「大切なもの」 永田 久実(明治学院大学3年)

10月28日(土)に、九州北部豪雨ボランティア第3陣として参加し、福岡県朝倉市杷木(はき)地区にて活動させていただいた。私は、これまでにGakuvo主催のチーム「ながぐつ」プロジェクトや学生団体主催のツアーで福島県や宮城県でのボランティア経験はあるが、ここまでハード系のボランティアは初めてで体力的に不安はあったが、自分にできることをしたいと思い、参加した。

活動は、6人全員で流されたものを軽トラックに積んだ後、男性3人は土砂に埋もれた軽トラックの取り出し、女性3人は土砂が流れ込んだ家屋のものや書類の整理という内容だった。

事前に写真では見ていたものの、実際に現地を見て、雨によってここまで大きな被害が出たことに改めて驚いた。また、川の内側と外側にある家で、流れの違いから被害に大きな差が出たことを知った。

家屋のものや書類の整理をする際、流れ込んだ土砂で棚が開けられない、扇風機が埋もれてシャベルを使ってやっと取り出すことのできるような状態だった。土砂が流れ込んで時間が立つと、想像以上に固くなることを知った。

また、燃えるもの、燃えないもの、家主のおばあさまに確認していただくもの、と仕分けをすることが難しかった。なぜなら、人にとっては一見ごみや必要ないものに見えても、自分にとっては大切なものが誰しもあると思うからだ。「もしこれが大切なものだったら」と思うと、私たちの手で勝手に仕分けてしまってよいのか戸惑った。そのため、できるだけ家主のおばあさまやご家族の方に確認を心掛けた。

家屋のものや書類の整理は、家主の方の力だけでは難しいことなら、ボランティアも協力させていただくことは避けられない。だからこそ、「ここにあるのは家主の方が大切にしていたものなんだ」と常に忘れない気持ちが大切だと思った。

この1日で私ができたことはごく僅かだ。しかし、学生だからこそ現地に行き、できることや感じられるものがあったと思う。これからは、この経験を人に伝えるという、現地に行った学生としての役割を果たしていきたい。

自分事って何だろう 宮地 眞子(日本女子大学3年)

10月28日(土)、今年7月の大雨被害を受けた福岡県朝倉市で、災害ボランティアを行った。

これまでにも、Gakuvo主催の「チームながぐつプロジェクト」で、福島県いわき市を中心に、ボランティア経験はあったが、初めての災害ボランティアに対し、体力はもつのか、現場の負担にならないか、と不安な気持ちがあった。しかし、そのような心境でも、私が参加を決意したのは、「チームながぐつプロジェクト」で、遠い場所で起きている出来事を実際に自分の目で見て確かめることの大切さと、確かめることで体感できるものの大きさを知ったからだ。

第3陣となる今回は、熊本県、神奈川県、東京都、宮城県から男性3名、女性3名が集まり、活動を行った。主な活動内容としては、男性は、土砂に埋もれた軽自動車の移動や搬出。女性は、膝くらいまで土砂が流れ込んだ人の住むことのできない状態の家屋で、土砂にまみれた書類や思い出の数々の片付け、整理をさせていただいた。

家屋で他人の思い出の整理をすることは初めての経験だった。

私たちは、土砂から出てくる思い出の品々の中に、全国各地の観光名所のパンフレットを見つける頻度が高いことに気が付いた。「家主さんは旅行が好きなのだろうか。」などと、被災前の家主さんご家族の生活の様子に思いを馳せたり、「家主の方に早く思い出の品を届けたい。」という気持ちで、6、7時間が過ぎるのもあっという間に感じるほどに、集中して活動を進めていった。

活動途中、観光地での思い出の家族写真などは、見つける度に、家の外で私たちの活動の様子を見守る家主のおばあさまにお渡しした。私たちが差し出した写真をおばあさまが真剣に見つめ、時折懐かしそうに昔のことをお話しする姿を見た時は、「来てよかった。」「自分にも何か力になれることがあった。」と、安心して、じーんと心が温かくなった。

実際に活動を行い、分かることが沢山あった。三カ月前に室内に流れ込んだ土砂が固まり、しかも灯りのない暗い空間では、家主さんお一人の力で思い出の写真や物を取り出すことは体力的に困難だということ。そのため、水害への対処は早急性が求められること。また、聞き流してしまいがちな、ニュースで日々報道される床上浸水等の家屋の被害件数のひとつひとつに、私たちが、どれほど暮らしていた人々の様子を想像し、思いを寄せることができていたのだろうか、ということだ。

この一日の活動で、私は、現地入りするまでは、他人事だと思っていたことが、自分事に変わっていく感覚を感じた。それは、思い出の整理という活動を通して、どのような人々がどのように生活していたのかを知ったからだと考えている。そして、良く使われる「自分事として捉える」ことが「支援する」ことの根幹にあるのなのかもしれないと学んだ。

チームながぐつプロジェクト九州北部豪雨ボランティア第3陣 福岡県朝倉市 活動報告

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