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学生ボランティア派遣

201805/23(Wed)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第179陣 福島県いわき市行き  活動報告

期間:2018年5月2日~5月5日
場所:福島県いわき市
活動内容
1日目:オリエンテーション~いわきへ(車内で夕食)~ミーティング
2日目:朝食~オリーブプロジェクト(昼食)~入浴・夕食~振り返りミーティング
3日目:朝食~松崎さんのお話・お土産購入~ららミュウ見学~大國御霊神社の祭礼(昼食)~入浴~
長源寺~夕食~振り返りミーティング
4日目:清掃~朝食~富岡町・楢葉町視察~昼食~高木さんのお話~4日間の振り返りとアンケート記入~清掃~東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いている報告書の中から抜粋したものです。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

5月2日(1日目)

オリエンテーションを済ませ、東京駅よりいわきへ。

到着後自己紹介とミーティングを行い、有賀さんから差し入れの菓子パンをいただいた後、就寝しました。

 

5月3日(2日目)

朝食後、雨天のため室内で準備運動を行い出発。
いわき駅からタクシーでオリーブ畑へ。

オリーブ畑では雨合羽を着用し、剪定枝を片付けて山にする、その山を圧縮する作業を行いました。
枝をシートに集めて引っ張って運び、また一輪車で運んだりして泥にまみれながら、合羽が破れたり手袋が使えなくなるまで作業を行い、午後までかかりましたが畑を片付けることができました。

休憩時間や昼休みには、舟生さんから震災体験やオリーブプロジェクトに関する説明をお聞きしました。

剪定枝の片付けを終え、雨も上がってきたのでオリーブハウス内の片付けを行いました。
大きなシートを畳んだり、廃棄するものを軽トラに積んでロープのかけ方を教わったりしてハウス内をきれいにし、作業を終了しました。

作業を終えいわき駅へ。
その後、銭湯にて入浴を済ませ夕食をとった後、有賀さんからお話をお聞きしました。
振り返りミーティングの途中、松崎さんが顔を出して下さいました。

5月4日(3日目)

朝食・片付けを済ませ、いわきオリーブに戻り松崎さんのお話をお聞きしたあと、オリーブ関連商品のお土産を購入。

ららミュウへ向かい、震災の展示や洋上風力の展示を見学しました。

ららミュウより豊間までバスで移動し、時間があったのでとよマルシェを見学しました。

 

 

今回学んだことの一つは、「復興とは何か」ということです。
福島は物理的には復旧しており、災害への対策も伺えましたが、同時に大切なモノを失ったようにも思いました。
僕はこれまで復興とは「元に戻すこと」だと思っていましたが、これは違いました。
完全に元に戻すことは不可能なのです。一度壊れてしまったらもう取り返せないモノがある。
被災者の方々は家や財産とは違う、心の部分で被災してしまったのだと感じました。
だからこそ、それを僕は伝えなくてはならないと強く思いました。

私には、被災地の4つの風景による刺激がある。1つ目は3月11日の津波の押し寄せている風景、2つ目は津波が引き、ガレキが残った状態の風景、3つ目はガレキが数か所に片付けられて更地になった風景、4つ目は今回のプロジェクトで見ることができた復興の進んだ風景である。

海岸に向かい大国御霊神社例大祭のお手伝いのため着替えをし、待ち時間の間、鈴木会長や地元の市会議員さんよりお話をお聞きしました。

神輿を引き継ぎ乾杯したあと、浜辺に降り砂浜を数百メートルほど、掛け声をかけながら練り歩きました。

昼食のお弁当をいただき、午後はお神輿を海の中に入れる「汐かぶり」を行うため海に入りました。
神輿が流されないように陸から縄を引っ張る作業では、かなり海水に浸りましたが、無事神輿を次の地区に引き継ぎました。

注目してほしいことは、今の被災地は“過去と現在”が混沌としている状態だと私は感じる。
“過去”とは、バリケードで区切られた帰宅困難地域や、津波に飲まれたパトカー。
どちらも時が止まっているように感じさせる。
“現在”とは、苦しみや悲しみから前を向こうと建設された商店街や、少ないながらも何とか地元の伝統を守ろうと祭りをする地域住民の方々である。

銭湯へ行き入浴を済ませ、長源寺にて栗山副住職より、震災当時のお話や現在のいわきの問題などを伺い、その後震災当時の寒い避難所での動けない苦しみや、プライバシーのない空間での苦痛を坐禅を通して体験しました。

いわき駅に移動し、2班に分かれ夕食をとりました。
その後、前日同様2班に分かれて振り返りを行いました。

大きく2つの視点で福島を見て、かつ伝えることが必要だと考えました。
ニュースやメディアから見る全体の見方と、細かい一人一人の方たちの生の声を聞く見方です。
富岡町の高台から見るような広い視野と、確実な情報にフォーカスして、何が一番大事なのか、やるべきことなのかを考え、発信していけたらいいなと感じます。

5月5日(4日目)

朝食を済ませいわき駅へ。
JRで富岡駅に向かい、2台のタクシーに分乗し視察へ。
天神岬公園では連休中ということもあり、親子連れの観光客で賑わう様子が見られ、運転手の佐藤さんもこんな様子は震災後初めてだとおっしゃっていて、復興を実感できる光景でした。

自分の最も大きな関心事は原発問題についてであり、自分は元より反原発を主張していましたが、自分の持つ主張はただの理想論で、現実においては意味の持たないものであることに気づかされました。
問題を細分化して解決する具体策を考える力を養っていく必要性に気づいたのも大きな発見でした。

今回、原発の恐ろしさについて再確認をさせられました。
実際に原発事故の被害に遭った富岡町へ向かうと、様々なものが見えてきました。
目に見えない放射能に対する恐怖、この地域が原発事故を克服するのはそう容易ではない。
むしろ復興の難しさばかりを感じてしまいました。
原発は可能性が限りなく0に等しくとも、事故が起きる、失敗する恐れがあるならば、この大きすぎるリスクがあるので、再び稼働すべきではないと感じました。

最終日に視察した、津波被害からの復興が印象強く残っています。
富岡町の復興が進んでいない状況を見て、この4日間の中で1番何とも言えないくらい苦しい気持ちになりました。
震災で富岡町と同じように津波の被害を受けた小名浜海岸と富岡を比較すると、原発が私たちにもたらす影響とはどういうものなのか、実際に目で見て感じることができました。

久之浜で昼食後、浜風きらら代表の高木さんにお話を伺いました。

海竜焼きを食べ、いわき駅へ。
いわきオリーブにて4日間の振り返りミーティングと掃除を済ませ、出発。
東京駅に到着後、証明書を授与して解散しました。


いわきの皆さん ありがとうございました。
179陣に参加した皆さん、引率の小寺さん お疲れ様でした。

私にとって福島、そこは4日前まで“無関係”だと思っていた場所。
何も知らなくて、どこか他人事で、それが最後まで抜けなかった。
久之浜の現状を見た時、言葉が出て来なかった。何の感情も湧き上がっては来なかった。
津波の想像をしてみても、何故だか他人事に感じる自分が腹立たしかった。
それは、福島が、原発が、津波が、今までの自分にとって程遠い存在であったからだと思う。
しかし、今回訪れたことで福島が“無関係”ではなく“身近”な存在に変わった。
私といわきの距離が縮まったのだと思う。
東京に帰って、家族や友人にそのままの生の感想を伝えたい。

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