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学生ボランティア派遣

201806/27(Wed)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第181陣 福島県いわき市行き 活動報告

期間:2018年6月8日~6月10日

場所:福島県いわき市

活動内容

1 日目:オリエンテーション~いわきへ(車内で夕食)~ミーティング

2 日目:朝食~長源寺にてお話と坐禅体験~オリーブプロジェクトにて農作業(昼食)~入浴・夕食~振り返りミーティング

3 日目:朝食~富岡町楢葉町視察~浜風きらら及びからす屋食堂(昼食)~久之浜視察~3日間の振り返りとアンケート記入~清掃~東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いている報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

6月8日(1日目)

オリエンテーションの後、東京駅からいわきへ。

 

 

到着後、それぞれの参加動機や被災地への思いを交えた自己紹介を行い、差し入れのおにぎりをいただいた後、就寝しました。

 

 

6月9日(2日目)

朝食後、長源寺へ。

栗山副住職より震災当時の様子から、ボランティアセンターや避難所での活動に関わるようになった経緯、いわき市での双葉郡からの避難者との軋轢などについてお話をうかがいました。

 

 

栗山さん本人も被災者の立場なのに、何か自分に出来る事はないかと他の被災者の方に支援をするボランティアに参加したりされていてとても驚きました。

 

 

 

新たに知ったのが、原発事故の賠償金を巡り住民と避難者の間で心理的な対立が起きていることである。この心の格差を小さくすることも、復興のための非常に大きな課題だと思う。

長源寺でお話を聞き、被災とは種類が一つではなく、また目に見えない内面の部分、マスコミに取り上げられないみんなが知らない部分が大きいことを学びました。町によって支給されるお金が違いそれによって心の格差ができてしまっているというのは現地の人にしか話せないことだし、それは震災が生んでしまった新たな被災であるというのはとても残酷なことであり、人間である以上心の問題を解決するのは難しいことを痛感しました。

 

今回は途中から奥の和室に移り、震災当時の寒い避難所での動けない苦しみやプライバシーのない空間での苦痛を体験する座禅も、和室でかつ面壁という壁を向いた方法で行いました。

 

 

 

 

 

長源寺を出てバスに乗り、オリーブハウスに移動。

舟生さんの指導のもと、まずはシャベル、レーキ、一輪車などを用いてハウス周辺の土や石などを分別し片付ける作業に取り掛かります。

 

 

 

オリーブプロジェクトでは、オリーブを植えるための土づくりのお手伝いができた。それは、簡単に言ってしまえばただの畑仕事だが、実際に参加してみると、消費者としての普段の視点と違った、生産者の視点から多くのことを学ぶことができた。

 

 

お昼には食彩館のお弁当を食べながら自己紹介をして、オリーブプロジェクトのお話をうかがいました。

 

 

 

オリーブ農園での活動を通しては、まだ必要な支援がたくさんあるということを再認識した。

復興とは瓦礫の撤去よりむしろ、その先の地域再生に重点が置かれるべきである。故に地域再生のため、今後もボランティアの意義はあり続けると思う。

 

栗山さんと舟生さんは私たちを受け入れて下さり、笑顔で過ごされていた姿が私にはとても魅力的に見えました。苦い体験をしたにもかかわらず前向きに活動していることが、今の福島県民の姿なんだと知ることができて、私は立場が違う人間だけれども、見習って生きていきたいと思います。

 

午後からは渡辺さんのキウイ畑に移動し、午前中同様の石などを取り除く作業を行いました。

 

 

後半はキウイの木の周辺の草むしり、オリーブの木の根元への追肥なども行いました。

 

 

 

休憩時には最初は舟生さんから、次の休憩では渡辺さんからアイスの差し入れをいただきました。

 

 

 

オリーブ畑、キウイ畑での農作業を通して、経営者の方が喜んでいる顔を見て自分にも出来ることがあることを学びました。もちろんしてあげるという感覚ではなく、新しく出会った人々との触れ合いを農作業を通して出来たことがとても楽しく、それでいて自分たちの活動を喜んでくれる人がいるということがボランティアの醍醐味だと思いました。

 

作業を終えて有賀さん宅に戻り、有賀さんと松崎さんのお話を聞きながらオリーブパスタなどの夕食をいただいた後、振り返りミーティングを行いました。

 

 

 

6月10日(3日目)

朝食の際に、有賀さんからご紹介のあった地域で子ども食堂をなさっている方がいらっしゃって、朝食を取りながら歓談しました。

 

 

 

 

片付けを済ませ、いわき駅からJRで富岡駅に移動。

富岡では、駅の階段上で周辺を簡単に見ながら低レベル放射性廃棄物について、また改札付近で線量基準について説明をした上で、二台のタクシーに分乗して視察に向かいました。

 

 

 

 

富岡は放射線の廃棄物が置いてあったりと生活の隣にあるような感じであり、驚きがありました。新しい家なども建ててありましたが、放射線の影響で入ることさえも制限されている地域もあったりと、通路を越えただけでその復興の差が大きくあることも知ることばかりで、まだまだこれからいわきだけでなく福島県全体で知っていきたいと思いました。

 

一番驚いたことは7年たった現在でも、放射能による帰宅困難区域というものがあることです。たとえば、富岡町の駅は1年と3ケ月前の2017年4月ごろに解除されたのに、町の人口はまだまだ回復の見込みはなく、震災前のように住民やその日常が戻るには途方もない年月が必要だということに気づかされたことです。

 

 

久之浜では、3軒に分かれて食事を取り、海岸や秋葉神社を視察。

 

 

 

 

 

 

久之浜からいわきオリーブに戻り、振り返りミーティング。

一人ずつ3日間の振り返りを話したあと、総括として、ボランティアがそれぞれの関心事の解決につながる方法であること、今回得た情報を活かし継続して被災地に関心を持ち続けること、被災地の体験をそれぞれの糧にすること、といったまとめをしてミーティングを終了しました。

 

 

 

 

 

僕には一体何が出来るのか。改めて自分に問いかけてみた。僕が考え出した答えは、伝えること。一人でも多くの人にこの経験を伝えて風化させないこと。そして、またこのいわきに来ること。

 

宿泊先の掃除とお土産購入の後、いわきを出発。

東京駅に到着後、証明書を授与して解散しました。

 

 

印象に残っていることは銭湯に行った際に現地の方が声をかけて下さったことです。私たちがボランティアで関東から来たと話すと非常に嬉しそうに沢山のお話をして下さり、「忘れないでこうして来てくれることが一番嬉しい。」とおっしゃっていました。

私は福島県に来る以前、現地の方は今なおボランティアを必要としているのかと考えていました。しかし7年経った今も必要としています。現地の方が必要として下さる限り私たちは風化させないために今の福島の現状を皆に伝えていくべきです。

 

人間は月日が経つにつれ、大切なことを忘れてしまいます。震災当時は大きくメディアで連日報道されていましたが、現在はめっきり観ることがなくなりました。所詮他人事だと思っているのです。私たちにいつ同じことが起こるかも分からないのに、人はまさか自分には起こらないだろうと心のどこかで思っているものです。

 

被災地のまだまだ復興のできていない現状をきちんと知ること、支援し続けること、自分自身が防災・減災の率先者となることが重要だと思いました。

 

「自分は被災地の現状も知らないから、支援というよりは自分のために知るという色合いが強くなりすぎてしまうのではないか」と葛藤していました。(中略)しかしこのボランティアを機に出会えた全ての方に「来てくれることが嬉しいんだよ。」という言葉を頂きました。この地に来ないと、出会えない言葉でした。何か大きな支援をしたわけではないかもしれないけれど、もう一度、いわきに来ることがもっと大きな支援になることも忘れず、考え続けていきたいと思います。

 

いわきの皆さん ありがとうございました。

181陣に参加した皆さん、引率の小寺さん お疲れ様でした。

 

 

 

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