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学生ボランティア派遣

201806/29(Fri)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第182陣 福島県いわき市行き  活動報告

期間:2018年6月22日~6月24日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目:オリエンテーション~高速バスでいわきへ(車内で夕食)~振り返り

2日目:朝食~ゆうゆうファームにて作業(昼食)~長源寺~夕飯~入浴~振り返り

3日目:朝食~掃除~富岡町視察~浜風きらら(昼食)~お土産購入~宿泊先の掃除~

3日間の振り返り~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散。

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いている報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

6月22日(1日目)

オリエンテーション後、19時発の高速バスでいわきへ。

 

 

いわき到着後、本宅にて自己紹介と自己目標を発表。

 

6月23日(2日目)

朝食をすませ、ゆうゆうファームの圃場へ。

代表の丸山さんより指示を頂き、午前中は南米ウルグアイ原産の果物「フェイジョア」の受粉作業と、ビニールハウスのビニール張りに携わりました。

 

 

 

 

 

曇りで心地よい風が吹く中、フェイジョアの受粉作業を丁寧に行い、ハウスのビニールの張替では、ヘルメット着用で、丸山さんの指示通りに迅速に動いていました。

 

 

 

家やお金など財産を捨てて残りの人生を全てかけてフェイジョア栽培に取り組み、よそ者扱いされ土地を譲ってもらえなくても交渉を続け土地を借り、猛勉強・試行錯誤しながらやってきた丸山さんはかっこいいと思いました。私も、すぐに諦めず、考え、行動できるようになりたいです。

 

まずは丸山さんの熱量に驚かされました。農業を始めたきっかけから今に至るまでの丸山さんの苦労は私には想像もつきませんが、丸山さんはそれを超える熱量で乗り越えられて、今もなお勉強をされていて、農学部で学んでいるものとして刺激を受けました。

 

お昼、ガクボオリジナル弁当と、丸山さんの奥さん手作りのお味噌汁とキュウリの塩漬けを、皆で美味しく戴きました。

 

 

 

午後からは残りの受粉作業と、敷地内に竹ドームの設置に取り組みました。竹ドームは、最終的には休憩場所になるとのことで完成が楽しみです。

 

 

 

 

震災の風評被害のお話の中で、福島やいわき市という表示があるだけで避けられてしまう、検査を受け、安全とされる数値が出ているのに、ということをお聞きしました。消費者の中には、放射線などに対する正しい知識がなく、何となく怖いという先入観だけで避けてしまう人もいます。手間暇かけて、おいしく安全な農作物を育て、販売している農家さんにとって、その先入観だけで悪い影響が及ぼされ、生活に大きな打撃を受けるという場合もあります。正しい知識を持つこと、発信することの大切さを実感しました。

 

16時半過ぎから、長源寺にて栗山副住職より、震災当時のご自身と家族の状況や、長期に渡って携わっておられる、災害ボランティア活動について伺いました。

 

 

 

住職としての想い・家族を持つ父親としての想い・自らも被災者であった中で被災地支援に向き合った想い・いわきで生活する市民としての想いなど、2時間にわたって伺いました。

 

災害時のボランティアは、被災した方々の困っていることを聞くときに、ただ聞くのではなく、相手の気持ちを思いやる、傾聴が大切だということで、普段から意識していきたいと思いました。

 

栗山さんからは、相手の気持ちをどう感じ取るかが大切といった趣旨の話を頂いた。私はそれはボランティアに限らず、人生において大切だと思った。その人のその価値観はどういった背景があり形成されたのかを感じ取ったり聞いたりする。そうすれば先入観をもって最初から否定するようなこともなくなり、自分の学びにもなる。

 

その後、震災当時、寒い避難所での動けない苦しみや、プライバシーのない空間での苦痛を、約20分間の座禅を通して感じました。

 

 

 

「動けない苦しみ」とおっしゃっていましたが、僕はこの座禅で「耐えた先の何か」を知ることができた気がします。この座禅が何を意味するのか、そして何につながるのか。何にでもつなげることができます。この時間に自分が考えたことはこれから先とても役に立ちます。

 

夕飯と銭湯をすませて、振り返り。

 

 

今日の活動を通して思ったこと・心に残った言葉・質問したかった事を発表し、物事を多方面から考える必要性を共有しました。

 

 

 

6月24日(3日目)

朝食をとり、掃除を済ませ、JRいわき駅から富岡駅へ移動。

 

 

タクシーに乗り、約2時間半の視察に向かいました。

 

 

 

パトカーを見て、話を聞いて、涙が出てきました。自分が2人の立場だったら同じことができたのか、帰りを待っている人たちの気持ちなど考えましたが今の自分では答えが出ません。ただ2人の様な人間になれる様に学び、挑戦し、成長していきたいと思いました。

 

私は今まで直接的に震災の爪跡を目で見た事がなく、言葉に詰まり後ずさりしてしまうような衝撃を受けました。自分だったら、津波が来る事が分かっていながら、パトカーのアクセルを踏めるだろうか。2人は亡くなる直前、愛する家族、友人、一体何を思いながら亡くなったのだろうか、と目の前のパトカーの姿を見て感じた事はたくさんありました。

 

 

 

 

「被災地外の人間に、被害時の事や生活について聞かれて嫌ではないでしょうか?」との質問に、「そうは思わない。それよりももっと自分たちの状況を知ってほしい。」とおっしゃり、別れの時に、「今度は浪江町においで。泊めてあげるから。」とおっしゃって下さった時の笑顔は忘れられません。

 

11時すぎに、浜風きららに到着。

「福や」の海竜焼(久ノ浜から化石が発掘された海竜フタバスズキリュウの形のたい焼き)を頂きました。

 

 

いわきに戻り、宿泊先の掃除を行い、いわきオリーププロジェクト松崎理事長よりお話を伺いました。

 

 

 

 

オリーブを育て地域活性を目指す松崎さんのお話から、こつこつと積み上げていく農業の重要性を感じました。これらの出会いの中で私の思う共通点は、皆さんがそれぞれの方法で前を向こうとしていた事です。

地域の復興状況は様々であり、一概に言うことは出来ませんが、復興に向けて進もうとしている地域の製品を購入することや、地域のアピールなどをSNSで記載することも、今回の活動の中でボランティアになるのだと分かりました。

 

15時より、最後の振り返り。午前中の富岡町視察を通して感じた事や、今回の3日間をどう活かしていくかなどを、一人ずつ発表しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「様々な角度から物事を見ていく事を、これから実践していきたい」「また福島に来たい」「当たり前の事を当たり前と思わずに、感謝することを忘れないようにしたい」「これから傾聴を実践していきたい」などの意見がでました。

 

高速バスで東京駅に戻り、笑顔で解散しました。

 

 

 震災が起きて、津波が来て、その場所が福島だった。そのことに対して福島、東北以外の県の人は1度でも自分の県じゃなくて良かった、自分の妻や夫じゃなくて良かったと思ってしまっている現実もあります。私も最初は、他国の事のようにテレビで福島を眺めていた小学生でしかありませんでした。

震災は大きな被害をもたらし、多くのものを奪っていったことを痛感しました。その犠牲を無駄にすることなく、震災が教えてくれた多くの尊いものを心に留めて、これからの人生を一生懸命に生きていきたいと感じました。

 

私はこの経験を持ち帰り、情報収集をしてから知り合いや家族に話し、伝えていきたいです。しかし私はあくまでも当事者ではなく、「景色を見せてもらった一人の人間」です。被災当事者の方が私に見せて下さった景色を、私が知り合いに見せることはできませんが、だからこそ情報を集め色々な角度からアプローチすることができるのではないかと思っています。

 

いわきの皆さん ありがとうございました。

182陣に参加した皆さん、引率の宮崎さん お疲れ様でした。

 

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