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学生ボランティア派遣

201810/13(Sat)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第185陣 福島県いわき市行き 活動報告

期間:2018年9月21日~23日

場所:福島県いわき市

活動内容:

1日目:オリエンテーション~高速バスでいわきへ(車内で夕食)~振り返り

2日目:朝食~いわきオリーブプジェクト(昼食) ~長源寺~夕食~入浴~振り返り

3日目:朝食~掃除~富岡町視察~浜風きらら(昼食)~お土産購入~宿泊先の掃除~

3日間の振り返りとアンケート記入~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散。

 

 

9月21日(1日目)

オリエンテーション後、19時半発の高速バスでいわきへ。

 

 

いわき到着後に、自己紹介と自己目標を発表しました。

 

 

9月22日(2日目)

朝食後、本宅の掃除を済ませ、オリーブハウスへ。

 

いわきオリーブプジェクトの舟生さんの指導の下、午前中に、畑のオリーブの苗木の掘り起こし・雑草抜き・掘り起こした苗木を鉢へ植え替える作業に携りました。

 

最初は慣れない作業に戸惑っていたようですが、1時間が経つ頃には要領よく作業ができるようになっていました。

 

 

 

 

お昼になり、ガクボオリジナル弁当をミントオリーブ茶と共に美味しく頂きました。

 

 

午後からは、畑の地ならしと、午前中から引き続き、苗木を鉢へ植え替える作業と、ビニールハウス内の除草をしました。

 

普段一人でオリーブを育てている舟生さんのお役に立ちたいと、限られた時間の中でテキパキと作業する学生の姿がありました。

 

 

 

 

オリーブ畑の舟生さんがされていた農園は、一人の力では絶対に運営することができない大きなもので、作業等全ての仕事がたったの一日でも大変だったのに、それをほとんど毎日続けている。それにも関わらず、利益はほんの少ししかなく、分配しては消えてしまう現状を知りました。

 

七時間程こちらでお手伝いさせて頂きましたが、農業を人の手で行う大変さ、日本国内外問わず未だに残っている風評被害、補償金がらみの生々しいいがみ合いのことなど普段なかなか聞くことができない生産者側の声を聞くことができました。また、昼食に食べたお弁当はとてもおいしく感じました。

 

昼休みの時に舟生さんがオリーブについて語って下さり、実際オリーブ発売は赤字であり、日本のオリーブ産業も外国に押されている現状、広大な農地を1人で作業する大変さを知りました。そしてその話を聞いたことで、ボランティアとして舟生さんの農地作業を手伝うことができてやりがいを感じることができました。

 

帰り際に、オリーブの実の試食をさせて頂き、想像以上の苦さに驚きつつも、和やかな雰囲気の中で記念写真をとり、舟生さんにお礼を伝えて、長源寺へ。

 

栗山副住職より、震災当時のご自身と家族の状況や、長年に渡って携わっておられる、災害ボランティア活動について伺いました。

住職としての想い・家族を持つ父親としての想い・自らも被災者であった中で被災地支援に向き合った想い・これからもいわきで生活する市民としての想いなど、2時間にわたって伺いました。

 

その後、震災当時、寒い避難所での動けない苦しみや、プライバシーのない空間での苦痛を、約20分間の座禅を通して感じました。

 

 

 

話の中でボランティアに来た看護師さんが怒鳴られたということを聞き、人助けをしたくてボランティアに来ているのに何で?と思いながらもこれが現実なのだということ。そして、伝えることもボランティアということで自身が経験したことを内にとどめておくのではなく、周囲に発信していくことによって風化をさせない、私たちの記憶の中に残しておくことにもつながることを知りました。

 

相手の立場に立ち耳を傾け、同じ目線で物事を考えることで相手を理解できるということをお話しされていました。ボランティアをする人も被災者の目線に立って考えれば、してはいけないことも自然と感じ取り適切に行動できるのだと教えて頂きました。傾聴はボランティアに限らず多くの場面で不可欠だと学びました。

 

夕飯と銭湯をすませて、振り返りへ。

 

 

 

9月23日(3日目)

朝食後、掃除を済ませ、JRいわき駅から富岡駅へ移動。

タクシーに乗り約2時間半の視察へ。

 

 

 

 

 

津波が襲った所では写真とは違い目で見ると自然の恐ろしさを知り、パトカーに乗っていた人の勇敢さと残された人の気持ちが分かりました。運転手の方が7年では復興のスピードが早いと言っていましたが、元の生活に戻るには果てしなく遠いと思いました。

 

7年の月日が経ったにもかかわらず放射線の影響で復興がすぐに進んでいない現状を目の当たりにして、原発事故の本当の恐ろしさを知りました。バリケードの一線向こうには人が住んでいないゴーストタウンが目の前に存在している現場、空気が澄んでいるのに、基準値を超える数値の出ている放射線量などは、かなり自分の脳裏に刻まれています。

 

浜風きららに到着。運転手の方よりメッセージを頂き、御礼を伝えて記念撮影をしました。その後、数名に分かれて、浜風きらら敷地内のお店にて昼食。

 

いわきに戻り、約1時間のお土産購入時間を取りました。その後、宿泊先の掃除を行い、最後の振り返りへ。

午前中の富岡町視察を通して感じた事や、今回の3日間を通して思った事、今後、どう活かしていくかなどを、一人ずつ発表しました。

 

「実際に足を運んで、自分の目で見て聞くことの大切を感じた」

「7年経過しても、まだ課題(東電の保障によるお金と心の格差・汚染水の処理)がある事に、びっくりました」

「放射線量計をみて現実を感じた」

「今後、自分がスピーカーとなって福島の良いところを伝えていきたい」

「JAEAについて調べてみたい」

などの意見がでました。(有賀さんから頂いた、和菓子を頂きながら振り返りをしました)

 

 

 

 

 

 

以前の明るい福島を取り戻すためにも、日本全国で今の福島を伝えていくべきだと考えました。一人でできることはちっぽけですが、私は今回の活動を通じて人との出会いは大切だと感じたので、そういった繋がりを持ち続け、今回学んだことを広めようと意識することでいつか大きな事になるのではないかと感じました。

 

何よりもまず、実際に現地を訪れるだけで現地の経済的な支援になっているということです。私は現地で実際に目に見える形での支援をすることが主なボランティア活動とばかり思っていましたが、気づかぬうちにボランティアをしていたということを知れたのがボランティアの本質を知れたような気がして、良い発見ができたと思っています。

 

今回のボランティアを通してメディアだけでは知り得ない状況を沢山知ることができました。自分は将来警察官になることを目指しており、警察官は困っている人々を助ける仕事だと思っています。今回ボランティアをさせていただいてたくさんの被災者の方が警察の方には本当にお世話になった、いてよかったなどの声を聞いて、自分も将来こんな頼られる警官になりたいと思いました。

 

私は将来、地域創生に関する仕事をしたいと思っています。福島だけとは限りませんが、もっと人を呼び込むために、雇用を創造し、その地域特有の魅力を発信して、人を誘致していくようなプロジェクトに関わりたいという思いがより一層強くなるような機会だったのではないかと感じています。

 

私の中で福島県というと復興が進んである程度のところまできている、原発の問題もよくはなっていないけれど少しずつ進んでいるのかなという勝手なイメージで来ていました。しかし、福島県でのボランティア活動を通して、私達が思っている程まだ復興は進んでいないのが現状でその中で住民の方達は今と向き合って生きているという事を目の当たりにしました。

 

東京駅に到着し、笑顔で解散しました。

 

現地の皆さん、ありがとうございました。

185陣に参加してくださった皆さん、引率の宮崎さん、お疲れ様でした。

 

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