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学生ボランティア派遣

201811/27(Tue)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第187陣 福島県いわき市行き 活動報告

 

期間:2018年11月9日~11月11日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目:オリエンテーション~高速バスでいわきへ(車内で夕食)~振り返り

2日目:朝食~長源寺~ゆうゆうファーム(昼食)~入浴・夕食・お土産購入~振り返り

3日目:朝食~掃除~富岡町視察~浜風きらら(昼食)~宿泊先の掃除~

3日間の振り返りとアンケート記入~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて解散。

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いている報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

11月9日(1日目)

オリエンテーション後、高速バスでいわきへ。

 

いわき到着後、自己紹介と自己目標を発表。その後、「活動中に求められる姿勢」「お会いする方々への接し方」について話し合い、明日の目標を設定後、宿泊先に移動して就寝しました。

 

 

 

11月10日(2日目)

朝食と掃除を済ませ、長源寺へ。

 

震災当時のご自身と家族の状況や、長年に渡って携わっておられる、災害ボランティア活動について伺いました。

その後、震災当時、寒い避難所での動けない苦しみや、プライバシーのない空間での苦痛を、約20分間の座禅を通して感じました。

 

 

今回座禅体験をして、たった20分という短い間でも、動けないことは苦しいことなのに、3畳に4人というなかで、何日も何か月も個人の空間が失われているという生活や、たった1本の道を挟んで右と左で住むことができるかできないかが決まるということなど、実際に行ってお話を聞いて考えさせられたことが多々あったように思います。

 

栗山さんのお話では、被災地から避難した人たちの避難所生活やボランティアについて大切なことなどをお聞きして、大震災が起きた後の避難所生活は、普段の生活よりも周りの人たちに気を使うため、そこで過ごす人たちの生活は緊張感、不安など心に余裕のない生活をいつまで送るのか分からない状態で過ごしていたのだと思いました。

 

長源寺での活動を終えて、タクシーにてゆうゆうファームの圃場へ。丸山さんより指示を受けながら11時より作業開始。

 

男子→丸山さんと息子さんと共に、ビニールハウスの土台となる支柱パイプを建てました。

 

女子→年に一度のフェイジョアの収穫。地面に落ちているフェイジョアを拾ったあと、樹に実っているフェイジョアを、一つ一つ丁寧に収穫していきました。(この日の収穫量は50kgを超えたようです)

 

 

 

 

 

昼食は、丸山さんの作業事務所「ゆうゆうファーム」に移動して、お母さまが作って下さったお味噌汁と共にお弁当を美味しく頂きました。

 

デザートにフェイジョアを試食させて下さいました。初めて食べるフェイジョアを一口、一口、味わいながら食べる学生の姿を、丸山さんご夫婦がニコニコしながら眺めていました。

 

昼食後に圃場に戻り、作業を再開しました。

男子は午前中に続き、ビニールハウス建設で、女子は収穫の後、藁をフェイジョアの樹の下に敷き詰める作業をしました。(残っているフェイジョアの実が落下した際のクッションがわり)

 

 

 ゆうゆうファームさんでは力不足、体力不足から手際が悪かったり、ビニールハウスや天井をパイプどうしつなげる作業のように私らでは何もできず結局やってもらったり、たくさん迷惑もかけました。しかし、それと同時に、無力ながら私にもできることがあるんだということに気づきました。

 

 ゆうゆうファームでは、実際に体を動かしてみて1番“ボランティアをしている!”という感覚がありました。初めての果物の収穫はとても楽しくて、だんだんボランティアであることを忘れて集中してしまいました。私たちは年に1回の収穫に携らせて頂きましたが、ここまで来るまで、たくさんの準備を経て、大切に育てられてきたという事を知ったあと、より一層、フェイジョアがかわいく思えて、大切に扱うようになりました。丸山さんたちに「ありがとう」と言ってもらえるだけでとても心が温まりました。

 

 ゆうゆうファームでは丸山さんと一緒に汗を流しての作業ができてとても楽しかったです。しかし半日もやっていないのに疲労がすごく、これをいつも2人でこなしている丸山さんを尊敬しましたし、自分たちの食べている物の裏には必ずこのような方が存在するという当たり前で忘れがちの事実を再認識しました。これもやってみないとその苦労は到底分からなかったことだと思います。

 

夕食・入浴などの自由時間の後、振り返りへ。学生リーダーの進行で、長源寺とゆうゆうファームでの活動を通して感じた事・心に残った言葉・質問したかった事等を発表し、次に「福島のイメージを踏まえて、福島をポジティブにするには?」についてディスカッションを行いました。

有賀さんが立ち寄られ、学生達に10分程度、震災時の事を話してくださいました。

 

 

 

11月11日(3日目)

朝食と掃除を済ませ、JRいわき駅から富岡駅へ移動。楢葉タクシーの運転手、目黒さん・佐藤さんの案内で、ジャンボタクシーとタクシーに乗り込み、約2時間半の視察へ。

 

 

視察ルートは、①富岡駅周辺 ②パトカーの碑(降車し約15分)③旧富岡商店街通り(車内視察)

④夜ノ森通り(車内視察)⑤夜ノ森駅(降車し約10分)⑥国道6号線を上り震災の爪痕が残る建物(車内視察)

⑦富岡仮設焼却場(車内視察) ⑦福島第二原子力発電所入り口(車内視察) ⑧天神岬公園(降車し約15分) ⑨楢葉遠隔技術開発センター(車内視察) ⑩Jビレッジ(車内視察)

 

 

 

 

 

 

 三日目は、写真や映像で見た景色が七年でこれほどまでに直されたのかと思った反面、写真などにないなにげない景色にショックを隠せませんでした。震災当時からほったらかしにされている店や手入れをされていない草、全く人の歩いていない道路は震災、原発の被害をリアルに伝えてくれました。

 

最終日での視察では、かなりふみこんだリアルな現状を知りました.。夜ノ森駅の当たりの帰宅困難区域と居住制限の区域の間のエリアは本当に人も店も車も無く、静かで7年たった今の現実をまの当たりにした気がしてショックもありました。

 

富岡や久ノ浜では想像していなかった現状が広がっていて驚きました。お金の問題が垣間見える区切り、壊れたままの建て物、空き家。住める状態ではあるけれど、現在考えることはそこではないのかもしれないと思いました。被災地の中で聞こえるトラブルの複雑さに何とも言えない感情がこみ上げました。

 

 

浜風きららに到着し、運転手のお二人に御礼を伝えて記念撮影。その後、数名に分かれて浜風きらら敷地内のお店にて昼食。

 

いわきに戻り、宿泊先の掃除を行い、最後の振り返りへ。

 

午前中の富岡町視察を通して感じた事や、今回の3日間を通して思った事、今後どう活かしていくかなどを、一人ずつ発表しました。

 

 

「富岡視察で、復興している場所と、未だに復興が進んでいない場所のギャップを感じた」

「長源寺でのお話を踏まえて、これから傾聴を実践していきたいと思った」

「被災地の風評被害について、考えていきたい」

「今後は自分がスピーカーになりたい」などの意見がでました。

 

 

 

 

震災から7年以上経ち、多くの復興住宅が建ち駅も整備され、かつての住居に戻る人々がいる反面、戻りたいけど戻れない人、戻ることをあきらめ他の土地で生活することを決めた人、お年寄りから子供までどのような状態が復興と呼べるのか、人それぞれ異なり目指すべき姿を決めるのは容易ではない。

 

今回のボランティア活動を経験し復興の姿には正解がなく年齢、職業、家族や周囲の環境によりその姿は異なるものであるが、私はより多くの人々の立場に立ち、耳を傾け、理解できるようになりたいと強く思った。今回の活動だけでなく、自分の知識を高めたうえで福島を再び訪れようと感じました。

 

私は今回のボランティアで得た知識や考え方を基に学生として、その後は社会人として防災意識の向上を進めていこうと思う。ボランティアの参加の仕方が分からない人に説明をし、出来るなら自分も被災地に行き、支援をする。常に自分が被災する状況を意識し、改善を提案する。これらの小さな行動の積み重ねにより少しでも社会の被害を食い止めることが重要である。

 

今までは現地の人の役に立てる何かができればいいと漠然としか考えていませんでしたが、ただ体を動かすだけでなく、現地の人の心のケアをするというのも大事で、どれだけ辛い思いをして避難所で寝泊まりしているか、女性であったら夜にもしかすると襲われてしまうのではないかという不安をいざ自分達が話を聞いて解消できるかと思うと難しいと思いました。

 

私はメディアが報道する被災地と現地の人々の生の声とでは、ずれが生じたり、報道されない側面があるのではと思っていた。お話を聞いてみて、それは目に見えない災害なのだと感じた。(中略)このような目に見えず埋もれてしまうような災害にも焦点を当てることが必要だと思う。うわべだけで捉えようとしない姿勢が重要であり、相手の気持ちを考えて行動できるような人間になりたいと思った。

 

お会いした方々は最後に必ずと言ってよいほど、頑張ってと声をかけてくださった。お手伝いをしたり、励ましたいと思っていたのに逆に私たちが励まされ元気づけられた。テレビで被災地に行った芸能人が同じようなことをインタビューで言っていたが、今回ボランティアに参加してその意味が改めて分かった。

 

今回のボランティアを経験した私だからこそ知ったこと感じたことを知らない人や関心のなかった人に伝えることができると自覚しました。復旧のめどは立たないだろうし、どこまで復興が進むのかはわかりませんが、まずはより被災地の事を知ることで大学の研究に生かし、そして一人でも多くの人に伝えることで福島をプラスのイメージに変え、貢献したいと思いました。

 

 

バスで東京駅に到着し、笑顔で解散しました。

現地の皆さん、ありがとうございました。

187陣に参加して下さった皆さん、引率の宮崎さん、お疲れ様でした。

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