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学生ボランティア派遣

201812/18(Tue)
ボランティア活動レポート

チームながぐつプロジェクト第188陣 福島県いわき市行き 活動報告

期間:2018年11月30日~12月2日

場所:福島県いわき市

活動内容:

1日目: オリエンテーション~高速バスでいわきへ(車内で夕食)~ミーティング~就寝

2日目: 朝食~移動~オリーブプロジェクトの農作業(途中昼食)~長源寺にてお話と坐禅体験~銭湯にて入浴~いわき市内で夕食~振り返りミーティング~就寝

3日目: 清掃+朝食~富岡町楢葉町視察~浜風きらら及びからす屋にて食堂(昼食)~高木さんのお話~3日間振り返り~アンケート記入~清掃~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて修了式をして解散。

 

11 月 30 日(金)(1日目)

 

オリエンテーションを済ませて東京駅まで移動し、高速バスでいわき駅まで移動。

 

いわき到着後、それぞれの参加動機や被災地への思いを交えた自己紹介を行った後に、参加者の一人より遠慮なく話し合う陣にしたいので、人柄が分かるようにもう1周自己紹介をしようと働きかけがあり、2周目の自己紹介も行いました。

 

陣の目標などを話し合うミーティングの後、就寝。

 

12月 1日(土)(2日目)

朝食、片付けを済ませて、オリーブ畑へ移動。

 

オリーブ畑では、まず全員シャベルを持ってオリーブの樹の根元に追肥を行うということで、樹の四方に穴を掘り、肥料を入れて埋め戻し、最後に石灰をかける作業を行いました。

 

 

 

農作業を初めて行うメンバーは、最初はシャベルで土を掘り起こすのも苦労していましたが、シャベルの使い方、体重のかけ方を舟生さんから教わり、また教え合いながらなれていき、全員で手分けして作業を進める中で少しずつチームワークを高めていきました。

 

 

良いお天気の中、全員労を惜しまず作業しました。

 

 

 

(舟生さんからキウイの差し入れを頂きました)

 

昼食の時間には、松崎さんがオリーブプロジェクトを始めた時の困難な状況をお話いただき、印象深かったようでその後もお話を聞いたりしていました。

 

 

 2日目は、オリーブ畑で舟生さんにとてもお世話になりました。いちから農作業について学び、その上でコツも教わることもでき、貴重な経験でした。

 

 オリーブプロジェクトの創始者である松崎さんから、オリーブ栽培が始まったきっかけのお話を聞かせて頂き、栽培が不可能とされていたオリーブを日本で育てることを可能とした経験から、不可能と言われていることを可能にすることはできるというメッセージを頂き、今後の人生の教訓として何かチャレンジする際に大切にしようと思いました。

 

 日本ではめずらしいオリーブを栽培して、それが復興の1つの手段として成り立っていると考えると、復興政策も様々だなと思いました。放射線の被害も少ないからこそできることがあると思うので、自分で考えてこれからの復興支援に携っていきたいと思いました。

 

「何回失敗しても大丈夫です、またやる」これはオリーブの件から勉強したことでした。(中略)自分の目の前に見える景色だけではなく後ろも見たら、違う人生が実現できるかもしれないと思いました。

 

長源寺に移動し、栗山さんより震災当時のご自身やご家族の様子からボランティアセンターや避難所での活動に関わるようになった経緯、いわき市での双葉郡からの避難者との軋轢などについてお話をうかがいました。

 

 

その後、震災当時の寒い避難所での動けない苦しみやプライバシーのない空間での苦痛を体験する坐禅体験。

 

 

坐禅の後の質問の時間では、「交通費を払ってもらってボランティアに行くのはどうなのか」「栗山さんが和尚になったきっかけは何か」など、多様な質問が。

 

 長源寺の栗山さんのお話では、震災当時の状況や、復旧期のボランティアの活動の様子、原発事故発生時の体験、当時のマスメディアによる原発報道の弊害(主に風評被害)は勿論、月日が経った今でも、原発の風評被害を助長しかねない政府の広報活動やマスコミの報道不足、いわき市の地価上昇率の背景にある帰宅困難区域に住む人々といわきに住む人々との軋轢など、原発の影響がいまだあとをひいているいわきのリアルな現状を知ることができました。

 

 あれだけ、動けないことや、自由のない状態は、人間にとって大きな苦しみだと感じました。想像しても、想像しきれないことですが、私の考える以上の苦しみであることが分かりました。当たり前であることがどれだけ幸せなのか、そして当たり前が当たり前であり続けることは難しいことだということも感じました。

 

 メディアが発信する情報だけを信じることなく、自分の足で現地へ行き、自分の耳で現地の人の声を聞くことの大切さを改めて知ることができました。私は今までメディアで流れる情報しか信じていなかったので、栗山さんの話を聞き、当時の被災地の状況や被災者の心情を改めて深く知ることができました。「百聞は一見にしかず」という言葉は本当にその通りで、その意味を再確認することができました。

 

入浴、夕食を済ませた後、振り返りミーティングをして就寝。

(いわき駅前の綺麗なライトアップに、テンションが上がる学生たち)

 

12月 2日(日)(3日目)

朝食と清掃をすませて、JRで富岡駅に移動。

 

 

富岡駅の構内の階段上で周辺を簡単に見ながら低レベル放射性廃棄物について、駅の改札前で線量基準について説明のあと、タクシーに乗って視察へ。

 

視察ルートは、

①富岡駅 ②津波被害の残る家(*)③パトカーの牌 ④夜の森桜並木(*)

⑤夜の森駅 ⑥低レベル放射性廃棄物処理施設(*)⑦第二原発西門(*)⑧天神岬公園

⑨JAEA(*)⑩オフサイトセンター(*)⑪Jビレッジ ⑫大久ふれあい館。(*は車中から)

 

今回、実は富岡駅の近くに津波の被害がまだ残る家があることが分かり、そこにも立ち寄らせていただきました。

(パトカーの碑)

 

(天神岬公園)

 

タクシーの運転手さんはお二人共、原発で働いていたということで、そのお話を聞く中で原発についても考える機会となったようです。

 

久之浜に着いて昼食をとった後、浜風きららの高木さんから、震災によってそれまで当たり前であった日常が当たり前でなくなるというお話をお聞きしました。

 

 

 やはり、原発の放射線の影響もあって、復興にかなりの時間がかかりそうな地域も自分の目で確かめて、7年も震災からたっているにもかかわらず、町を活性化させるのは大変なことだと感じました。

 

 浜風きららの高木さんが、「震災を他人事のように思わないで欲しい。」とおっしゃっていたのを聞いて、震災を他人事の様に捉えている自分に気付きました。いつ自分の住む地域で災害が起きるか分からない、運命は紙一重の違いにすぎないと思うと、私の経験を活かして二度と悲しい思いをする人がいないように、地元でも教訓を伝えていきたいと思いました。

 

 タクシーの運転手さんが震災時原発の職員さんで帰宅困難区域に該当する街にお住いの方々ということで、震災時の体験や原発に対する思いなどお話を聞く中で原発はその周辺地域に住む人々の生活の一部となっていること、そのため一概に原発反対などと言うことが難しい現状下にあることが分かりました。

 

 

いわきに戻り、振り返りミーティング。

一人ずつ4日間の振り返りが話されたあと、総括として、ボランティアは双方にとって意味があるのでそこをしっかり認識してWin-Winな活動をすること、福島に長期的なスパンも含めて関心を持ち情報発信に関わってほしいこと、被災地の体験をそれぞれの糧にすること、といった話が出ました。

 

 

 

 

その後松崎さんが戻っていらっしゃって、お土産品を買ったり、お話をさせていただいたりすることができました。

 

 実際に現地の方からたくさんお話を聞く中でテレビの向こうの世界から身近な関心事へとなりました。人の温かさにも触れることができました。若者である私たちはこの教訓を風化させることなく、未来へと受け継いでいく必要があるし、またそれができるのも私たち若者だけだと思います。

 

 私がこのボランティアを通じて一番に感じたのは、東日本大震災を含む、今まで起こった震災を風化させてはいけないということです。8年たって、やっとお寺を修理することができたというのを聞いてびっくりしました。自分の中では、とっくに直っているもの、修理されているものと勝手に思い込んでいたり、修理されている、されていない以前に、震災のことについて忘れている面もありました。

 

 東日本大震災によって、昨日まで普通に暮らせていた生活だった当たり前が、当たり前じゃなくなってしまう。今までできていたことがてきなくなってしまう。今の自分ではとてもじゃありませんが想像することができません。

 

 救う、助ける、という意志が必ずしも正しいとは言えず、一個人としての、人間としての関わりの多様性が必要だと思う。

 

 自分は福島を故郷とする一人の人間として、ボランティアに関わることができて嬉しかったし、とても濃い経験になりました。そして、福島は本当に良いところだと思いました。私は、今後の人生で1人でも多くの人に福島を知ってもらいたいし、福島を好きになってもらいたいと感じました。

 

「復興」というたった2文字を目指してみんなで協力しているのにこんなに遠いものなのかと思いました。客観視すれば正直答えがでるとは思いますが、人間には情があるので問題をややこしくしてしまう、でもゴールを目指さなければならないという様々な事情を抱えながらも前に進んだり一歩下がってみたりを繰り返していくと思います。

 

 私も今後災害が起きた際に災害ボランティアとして活動する機会があれば力になりたいと思っているので、今後自分が被災者だったらという立場を常に想像することを忘れずに考え続けていきたいです。

 

 

東京駅に到着し、証明書を授与して笑顔で解散。

 

いわきの皆さん、ありがとうございました。

第188陣に参加して下さった皆さん、引率の小寺さん、お疲れ様でした。

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