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活動レポート

201902/12(Tue)
 

チームながぐつプロジェクト第189陣 福島県いわき市行き 活動報告

期間:2018年12月21日~12月23日

場所:福島県いわき市

活動内容

1 日目: オリエンテーション~高速バスでいわきへ(車内で夕食)~ミーティング~就寝~

2 日目: 朝食~移動~ゆうゆうファームの農作業(途中昼食)~菩提院にてお話~銭湯にて入浴~いわき市内で夕食~振り返りミーティング~就寝

3 日目: 清掃+朝食~富岡町楢葉町視察~浜風きらら及びからす屋にて食堂(昼食)~高木さんのお話~3日間振り返り~アンケート記入~清掃~高速バスで東京へ(車内で夕食)~東京駅にて修了式をして解散。

 

12 月 21 日(金)(1日目)

オリエンテーションを済ませ、高速バスでいわきへ移動。

 

翌日のスケジュールを確認し、その後それぞれの参加動機や被災地への思いを交えた自己紹介を行い、役割分担等を決めました。

有賀さんから差し入れていただいたミカンをいただきながら、リーダー中心に陣の目標についてミーティングを行い、この日は就寝。

 

12月 22日(土)(2日目)

朝食、片付けを済ませて、ゆうゆうファームに移動。

 

ゆうゆうファームでは、丸山さんの指導のもと、いわきの強い風にフェイジョアの樹が耐えられるように、ハウスを建設する作業を陣一丸となって取り組みました。

 

1間の長さのパイプを3本連結してその長いパイプで既に棟上げまで終わったハウスの梁の補強を行う作業、ハウスの壁に当たる所に横棒を渡してそこにネットを設置していく作業、新たなハウスを建設するために1間のパイプを連結した上で置いて位置決めをしてさらに半間毎に地面に穴をあける作業などを並行して進めました。

 

 

天気は、この季節にしては気温は低くなく、薄曇りで時々日差しが差すという、絶好の作業日和。

昼食時には松崎さんに届けていただいたGAKUVO特製弁当をいただいた後、生のフェイジョアを少しいただきその美味しさに感動。

(午前の休憩時にも、フェイジョアのお菓子をいただきました。) 。

 

時間いっぱい切りの良いところまで作業をさせていただきました。

 

実際に農家の作業をしてみて、その重労働と継続の難しさを感じた。しかし、「被災」の言葉に対する敏感さこそあったものの、これからの将来性や前に進もうという気持ちの強さを感じた。

 

その後菩提院に移動し、霜村さんの御自身の被災体験から始まって、見聞なさった双葉郡の様子、さらにこれらを踏まえて取り組んでいる対話の場としての未来会議のお話を伺いました。

 

「今までのたくさんあった支援の中でどういう支援が嬉しかったのか」という質問をさせて頂いたのですが、その中で印象的だったのが、現地へボランティアの方が足を運んでくれる事がとても心強いし忘れ去られていないという事であったり心の支えになるとお聞きして、実際にどう感じているのかを知れてとても良かったので、今後は自分が行動していく中でそういう事を胸の内に入れてボランティアに臨みます。

 

私たちは「被災者」「被災地」と一括りにしてしまいがちだが、被災された方々にもそれぞれの事情や気持ちがあり、それぞれ必要としている支援も違う。当たり前のことではあるが、今回お話を聴くまで全然気づくことができなかった。

 

霜村さんが復興という言葉が嫌いとおっしゃっていたがそれは復興の意味は人それぞれ違うのに1つの言葉で表現している点に問題があると思い、被災者であるが地域で積極的に活動している人の生の声を聞けたのが一番共有すべきことだと思う。

銭湯で入浴したあと、参加者の希望で自分たちでいわきらしいものが食べれる場所を探したいという意見があり、夕食のお店では全員でメヒカリの唐揚げを頼んでシェアして味わい、いわきを満喫したようです。

振り返りミーティングを行った後、就寝。

 

 

12月23日(日)(3日目)

朝食後、後片付けと清掃をすませて、駅に移動。

JRで富岡駅に移動し、全員でジャンボタクシーに乗って視察に向かいました。

視察ルートは、

富岡駅~津波被害の残る家(*)~パトカーの牌~夜の森桜並木(*)~夜の森駅~低レベル放射性廃棄物処理施設(*)~第二原発西門(*)~天神岬公園~JAEA(*)~オフサイトセンター(*)~大久ふれあい館 (*は車中から)

 

町を訪問したときに、人のいないヒッソリした雰囲気におどろきました。だからこそ、学生がボランティアをすることで、若い学生だからこそ、そのパワーを分けることが出来る、と気がつきました。

 

今までは危険区域が狭くなっていることしか知らなかったが、三日目に訪問した夜の森では、道を挟んで居住区域と危険区域が分かれていたりと、自分が想像していたものより過酷で残酷なものであった。

 

富岡駅に降り立った時、駅の階段の窓からいわき方面に続いているはずの線路が建設途中だったことに衝撃を受けました。震災から7年と9か月経過した今でも線路のレールが途中までしかなく、石の杭が線路わきに置かれていました。(中略)人と町をつなぐ線路がなくてどう生活するのだろうと考えさせられました。

 

久之浜の浜風きららに到着し、食事を取った後、浜風きらら代表の高木さんのお話を伺いました。

世代の差や意見の違いなどがある中で、物を言うだけではなく行動しようとしているといったお話をお聞きしたあと、いわきオリーブに戻り、振り返りミーティング。3日間の振り返り、総括などを話し合いました。

 

東京駅に到着し証明書を授与後、解散しました。

 

今回、いわき市にお住いの農家や住職の方からお話を聞かせて頂く機会が何度かありました。その中で、自らが被災したことを忘れてしまうような、当たり前のことが当たり前に出来るようになったときが、復興したという言葉をお聞きしました。

 

私は被災したことを「物」として残し、後世につないでいくことがとても大切であると思いました。文章だけでは分からないことを表現することが出来るのが「物」を残すということであると私は考えました。

 

今回聞いた話の中で共通していたことは「必要以上に被害者扱いをしないで欲しい」ということだった。(中略)今回お会いした3人もこの約8年という月日の中で新しい取り組みを始めたり、町おこしのための企業を起こしたりと震災としっかり向き合い、現実を受け止めた上で新たな生活をスタートさせていた。

 

結局、ボランティアの正しい在り方はわからないが今後の展開としてボランティアのニーズはますます増加していくと思うので、それぞれにあった適切なタイミングや支援が求められると考えるし、それに応える人材になるために感謝を忘れず継続を大切に共有していこうと思う。

 

いわきの皆さん、ありがとうございました。

189陣に参加してくださった皆さん、引率の小寺さん、お疲れ様でした。

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