Gakuvoの“中のヒト”の日常 ガクボブログ

だまって銅像の先を見る

本日はスタッフ担当回。きのう、今日と違う大学で授業をしてきました。
ブログにアップするつもりはなかったのですが、スマホの写真を見てみたら、ちょっとシェアしたくなりまして。

1枚目はこちら。
もくしょく、と読むのでしょう。
食堂に貼ってあったので、おしゃべりして飛沫を飛ばさずに、黙って食べましょう、ということですよね。ただ、もとは仏教用語の食堂(じきどう)なので、江戸時代のお坊さんで各地で彫像を残した木食(もくじき)を思い出しました。
わたしは木食も好きですが、円空がもっと好きです。

そして、2枚目。
わたしが大好きな実在の人物の銅像(全身像)です。
しかも、銅像で眼鏡をかけているのって、ほとんど見たことがありません。
これは珍しい。
僧衣を着ている人物だと、お寺にその宗派のお上人様がいらっしゃることがありますが、街中ではなかなか見ませんね。
これはいいものを見られたと、ほくほくです。

ところで、銅像のジェンダーバランスって、とっても悪い印象があります。
東京にある女性の銅像で、いまぱっと思い浮かぶのは、浅草寺の瓜生岩と文化学園のクニグンデ皇后ぐらいです。他にもあるのでしょうが。。。
銅像の歴史を詳しく調べたわけではないですが、銅像が日本で林立しはじめた明治以降、男性中心の社会の中で過去の偉人として顕彰するのが男性だったということなのでしょう。
銅像といえば、南北戦争の南軍の将軍たちの像がBLMの運動の批判対象となったというニュースが駆け巡ったのが昨年でした。弱い立場に置かれた方たちの積年の怨憎会苦(おんぞうえく)というものはあるわけで、わたしはやりすぎとは決して思いませんでした。

日本の銅像はこれからどうなっていくんでしょうか?

かつて漢字(万葉仮名)=おのこで(男手)、平仮名=おんなで(女手)、と呼ばれていた時代があったと思います。不要不急、黙食、黙浴(銭湯に行くと貼っています)、と漢字が多くて、コロナ禍をめぐる文字のジェンダーバランスも良くないのかなぁと思いながら、はやくも4月が過ぎていきました。