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Gakuvoの“中のヒト”の日常 ガクボブログ

映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」の効用

主人公の名前を呼んだ/読んだだけで、想いが気持ちに入り込んで、涙が滲んでしまう。
少しだけストーリーを話しただけで、膝や肘に力が入らなくなり、泣き崩れそうになる。
そんな映画は初めてでした。

わたしはこれまでブログで、ジェンダーに関する雑多な想いを、ちょくちょく書いてきました。
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そういうこともあって、Gakuvoがお休みの月曜日、8/16(月)昼、日比谷のTOHOシネマズ シャンテにて『プロミシング・ヤング・ウーマン』を見て参りました。

もともと涙腺が強い方ではないわたし。
とは言え、最初から泣きはしないだろうと高を括るも、音楽、映像、登場人物の描き方、すべてにやられまくって、常に涙を湛えて、時には嗚咽を漏らす120分弱となりました。
色々な方の映画評でも触れられていますが、描かないからこそ、伝わってくるものがビシビシありました。
性暴力が一つの軸になっていたり、過去の悲惨な出来事がベースとなっていたり、登場人物の関係性や属性が映画の投げかける非常に大きな問いになっていたり。
しかし、わたしが見る限り、それらは視覚的な描写や回想シーンや相関図や説明台詞では表現されていません。
だからこそ、訴えかけてくるものがある。
見る側も試されるかもしれませんが、予習気味だったわたしは、家族観や個人の幸福観への疑義、ホモソーシャルへの嫌悪感、マチズモへの怒り、などなど、共感の渦に飲み込まれました。

8/25(水)わたしのつれ合いが見に行きました。
連れ合いの言葉で刺さったのがこちら。
「ハッピーエンドにはしたくないという制作側の怒りを感じるね」
「映画の中で、男性のほとんどが泣いてたね」
「この映画が日本でつくれるようになるのはいつなんだろう」
「とある性暴力事件で被害者が100人以上いるのに、3件しか立件されず、今年も問題となった女性差別発言とか出てきたのを考えると、 日本のジェンダー平等の順位はもっと低いと思う」

わたしが感想を話そうとした時、膝や肘に力が入らなくなり、涙が溢れてきました。
あなたに託したよ、と言われた気がしています。
メッセージを受け取ったよ、という想いで日々の歩みを進めていきます。