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Gakuvoの“中のヒト”の日常 ガクボブログ

「防災の日」に思うこと

昨日、91日は、「防災の日」でした。

100年前の192391日に関東大震災が発生したことにちなんだものです。

私が小学生の頃は、いつもこの日が夏休み明けの始業式で、避難訓練などをやっていた記憶があります。

 

私の記憶にある震災で一番はじめのものは、1995年の阪神・淡路大震災です。

当時関東に住んでいたため、あまりリアリティは感じなかったですが、ちょうどその日、風邪で学校を休んでおり、テレビのニュース映像で高速道路が横倒しになっている映像はよく覚えています。

また、その後に学校のクラスの友達と話していて、その友達の大学生のお姉さんが、関東から神戸にボランティア活動に行っている、というのを聞いて「さすが大学生はすごいな~」と思ったのも覚えています(今思い返すと、これが災害ボランティアに触れた初めての体験だと思います)。

 

さて、阪神淡路大震災の関連で、昨年初めて読んだ本で、精神科医である安克昌先生が書いた『心の傷を癒すということ ー大災害精神医療の臨床報告』という本があります。

発災当時、神戸大学医学部精神科に勤めていた安先生は、自らも被災者でありながら、避難所をまわり、被災された方々の精神的なケアに奔走していました。

本には、「災害ボランティア」が被災地でどのような存在であったかということに触れています。

安先生の師匠筋に当たる、同じく精神科医 中井久夫先生は「ボランティアの役割は『存在すること』である」とおっしゃっています。

また、安先生ご自身の言葉では、以下のようなものがあります。

救護する側も、される側も、すべて傷ついた人間しかいない被災地では、外部から来た無傷の人間が寄り添うことで、被災者は癒された気持ちになる。傷ついた人にはあらゆる人が遠ざかっていくように見える。そばにいてくれる人、訪れてくれる人はそれだけでとても貴重なのである。被災直後に他府県のナンバープレートの救急車や支援物資の運搬車をみて胸が熱くなる思いをした人は多いと思う。それは”見捨てられていない”という安心感を、感じさせてくれたからである。

精神科の医師が、精神的なケアについて書かれたこの本にも、ボランティアの存在が当時いかに大きかったかということが書かれていて、胸が熱くなります。

「防災の日」に合わせて、もう一度読み直してみたい一冊です!