大学等との連携プログラム Collaboration with university

学外災害県外課外聖心女子大学
聖心女子大学 SHOC project勉強会 実施報告書

日本財団学生ボランティアセンター(Gakuvo)は、聖心女子大学と協力協定を締結し、様々な事業を協働で行っています。

聖心女子大学 SHOCprojectは、毎年福島県いわき市にてスタディツアーを開催していますが、2020年度は現地に行くことができなかったため、福島県いわき市で活動をする ザ・ピープル 代表理事 吉田様をお招きし、オンラインにて勉強会を実施しました。

 

報告者

聖心女子大学 SHOC project  3年 福井美夏汀

日時

2021年3月1日(月)14:15~16:00

開催場所

Zoomにて

参加者

当日参加:SHOC projectメンバー4名、大学教職員2名、他1名

後日録画視聴:SHOC projectメンバー3名

講師

(特活)ザ・ピープル理事長 吉田恵美子様

開催趣旨

例年(特活)ザ・ピープルにご協力いただき行っている福島県いわき市でのスタディツアーが、今年度はコロナ禍の影響で開催できなかった。そこでSHOC project勉強会としてザ・ピープルにオンラインでの講演をお願いしたところ快くお引き受けいただけた。スタディツアーに代わり、ザ・ピープルの活動を知る機会、そして東日本大震災から10年の今年、これからも繋がっていく為私たちがどのように活動していけるかを考える機会としたい。

勉強会の様子

講演「地域課題とNPO」((特活)ザ・ピープル理事長 吉田恵美子様)

ザ・ピープルについて

住民主体のまちづくり、自分たち自身で考え活動するという事を目標に設立され、2020年の12月で30周年を迎えた。現在はいくつかの活動を組み合わせて行っている。震災前一番力を入れていたのは、循環型社会を目指すこと。古着のリサイクル活動を通して、古着を燃やさずに資源として活用しようという事である。環境、人権に配慮して活動することを大切にしており、SDGsが提唱される前から自分たちの町のなかでこのような視点をもって地域課題に取り組んできたという自負がある。

古着に関する活動

ザ・ピープルの活動の基盤として古着を燃やさない社会づくりがあり、古着を回収することから活動が始まっている。一部擬木とスギ材でつくられた回収ボックスを市内、福島県内の市役所や支所、様々な場所に設置回収しており、現在30年が経つのでボックスの切り替えを行っているとのこと。トラックで市内を回り古着を回収しており、回収量は毎日260トンもある。毎日の古着の仕分けは大変な作業であり、ボランティアのいないときはスタッフが古着の山と格闘している。集められる古着について、その人にとっては活かせないものでも、誰かにとっては活かせる、資材としては活かせる「寄贈」と考えている。

チャリティショップを市内3か所で運営し原資を得たり、着物や子供服はイベントバザーで販売したりしている。本当は全てリユースできれば良いが、できないものの中で木綿が35%以上含まれているものは、工業用ウエスに再利用される。この工業用ウエスを作ることが、ハンディキャップを持つ方々のお仕事にもなっている。この工業用ウエスの活動はもともとザ・ピープルで行っていたが、現在は専門家に委ね別のNPO団体が管理している。この団体とは今でも素材の提供だけでない繋がりがある。

日本国内では110万トン繊維製品が廃棄され、ほぼ焼却されている。エコウールリサイクルとして地域で活用しきれない部分を反毛事業に流しており、もともと愛知県岡崎の工場へ送っていたが、遠いため送るだけでも大変であった。そこで近年岩手県一関市の反毛工場に送っていたが、昨年火災が起きそのルートが断たれてしまい、非常に苦しい状況になっている。リサイクル法があるが、繊維について上手くルートが生み出せていない現状があり、試行錯誤している。そのなかで生まれたのがリメイク品であり、バザーで販売するもののサイズのお直しはもちろん、例えば、お気に入りの着物があったがもう着られないとなった時、それをバッグにすることでまた使えるという日々の幸せを思い出したいと吉田さんは仰っている。

ボランティアの場を提供すること

高校生や大学生を始め、さまざまな人へボランティアの場を提供している。ある高校生は、古着の仕分けのボランティアを通して、自分達の消費行動を振り返ることができたといい、このように気づいて帰ってもらうが大事なことであるとザ・ピープルは考えている。

海外支援について

地域の中だけではなく、地球市民として少しでも私たちにもできることがあると、収益金を海外活動の資金とした。タイのナーン県で、子どもたちが学校に行くために国籍がプレゼントされるよう支援したり、子どもセンター・成人向け識字教育会場として建物を建設したりと教育支援をしている。現在は徐々に活動の形をかえ、支援を将来に繋ぐために奨学金を供与している。自身が勉強した後に一緒に次の生徒を支援するという約束と、自分のお金儲けではなく、社会に役立つ仕事をしてほしいというお願いをして、一人の青年に奨学金の供与を行った。その青年は現在大学を卒業し地方公務員として山岳民族の支援しており、約束通り貧しい家庭の女の子の学費を支援している。支援が人から人へ繋がっているのである。

他にJICAの支援を受けながらミクロネシアでも活動している。東日本大震災での経験を活かし、電気がない中ソーラーで電気を発電、その電気でミシンを動かし、民族衣装を縫うことで、自分達が少しでも自立するためのお金を得られるようにしようというプロジェクトである。ミクロネシアでの活動は一昨年開始し、今年の3月末で終了できる予定であったが、コロナで事業が進まず、来年まで引き延ばすことになった。ミクロネシアは新型コロナの感染者が出なかった国の一つであり、感染者のでている日本から現地へ行くことが難しいということが起きてしまった。代わりにザ・ピープルにコラボする形で、現地の日本人の方が支えている。

3.11東日本大震災を契機として

ザ・ピープルが拠点としていた小名浜は、地震と津波の災害を受けた場所になった。自然災害と福島原子力発電所の人為的災害、2つが合わさった複合災害の現場ともなったのである。人為的災害の被災者と自然災害の被災者では扱いが違い、人為的災害になると加害者が生まれるためお金のやり取りが生まれる。しかし自然災害は一時的な見舞金程度で両者に額の違いが生まれ、それが人々の心の中にわだかまりを生んでしまった。

また阪神淡路大震災の経験から孤独死を増やさないために仮設住宅を建設しない方針があったのだが、それが裏目にでてしまうという事が起きた。仮設住宅は建設されたのだが、いわき市民向けは180戸ほどで、ほぼ原発避難者のためであり、その他の人はもともとのコミュニティから切り離され、ばらばらにアパートの1部屋1部屋にわかれることになった。いわき市に避難してきた原発被災者の方には、同じ場所に大勢がいることで支援者から見えやすく支援が集中したが、その他の人々は個人情報保護の観点で情報が届かないこともあり、民間の支援者から見えなくなったのである。同じ地域にいながら心が通わせられないという状況が生まれた。

東日本大震災は様々な課題を持っている。ふくしまオーガニックコットンプロジェクトのように農業の問題に課題を抱えた部分もあり、いわきはコミュニティに関しても課題を抱えることになった。震災から10年、どちらの課題もだいぶ薄まり、どちらかというと震災体験の風化も大きくなっている状況である。しかし、福島の課題が解決されて大丈夫。という所まで至っているとは言い切れないというのが吉田さんの感覚である。

〇発災直後から動き見えたこと

震災直後、ザ・ピープルは2011年3月16日から動いていた。反毛という工程で繋がっていた兵庫県のカーペット業者からトラック1台分のロールカーペットが送られてきたのである。そこでいわき市にお願いし救援物資の倉庫に持っていき、避難所に真っ先に送ってくださいと、阪神淡路大震災のときに床が冷たくカーペット一枚あればという体験から送ってくれたと伝え、委ねた。しかし1週間がたってもカーペットはそのままであった。行政の職員が怠けていたのではなく、混乱の中でお願いしますと言ったところで事が運ぶわけではない、緊急時に行政任せではことは動かないと気がついたという。自分達で体育館にカーペットを敷き、その時に見たものは、段差があり移動が大変な方や、人の多い中で乳飲み子を抱えたお母さん、そして、沢山の物資があるが、本当に必要なものが手に届かない様子であった。それからマイクロバスを使って御用聞きをし、インターネットをつかって呼びかけて集め提供するという事を行った。また炊き出しも行ったが、お皿に盛ってもらうのを待っているだけというのに違和感があり、避難所にいるお母さんたちに作ってもらうという形にした。炊き出しには支援の食料も使ったが、地域の食料を買い上げる事もしていた。緑の野菜を買い上げて避難所にもっていくととても喜ばれたという。その買い上げのとき、次に収穫しても買ってくれる人がいるか分からないから農業をやめるんだという話をきき、その人たちも生業を奪われた被害者であると思ったという。

その後少しでも手助けできる立場になりたいと、災害ボランティアセンターの小名浜地区支部のような役割を担い、がれきを片付けるボランティアの人たちをコーディネートする活動をしていた。人のつながりが、壊れてしまった地域の再生のためにどれだけ力になるかを知ったという。これまでを振り返り、いわき特有の課題を追って10年取り組みを続けてきたと仰っていた。被災、避難、地域住民を繋ぐ取り組みをし、他に水俣にまちづくりを学ぶという事もしていた。連携を力に変える、一つ一つのNPOではできないことも連携でできるようになると学んだという。

ふくしまオーガニックコットンプロジェクトについて

2011年、耕作放棄地だらけになる農地を目にし、農地のまま繋げたいと思っていたところ縁あってオーガニックコットン製品会社の社長と知り合い、先行きが見えず農業をやめる人がいると話をしたところコットンを栽培してはどうかとなり始まった。コットンは津波の被害である塩害に強い一年草であり、食品ではないことから抵抗も少なく風評被害の影響をうけにくいと判断したのだ。

日本は繊維の材料を生み出せていない国であり、自給率がほぼゼロである。そのなかで繊維を生み出す場所をつくり、それが製品になり、そしてリサイクルをするザ・ピープルまで回ってくるという、地域のなかで循環の環が閉じる形を目指し始めた。しかもオーガニックで、である。コットンは世界各地で栽培されているが、ほとんどが遺伝子組み換え、農薬多様、水の汚染、場所によっては児童労働の問題がある中栽培されている。福島の人々は、環境に大きく負荷をかけてしまった地域に住むことになった。でも環境に負荷をかけているのは福島だけではなく、私たちが豊かさを享受しようとして世界各地で環境をいじめているという思いを共有したい。

現在オーガニックコットンの栽培地は広がり、原発被害の残る双葉郡内、南相馬でも栽培するようになった。2020年は梅雨の低温長雨日照量の低下や収穫する人手不足などが重なり収穫量が下がってしまったが、これまでに多いときは年に1トン近くも収穫できた。今年はなんとか挽回したいと頑張っている。

オーガニックコットンの援農体験による人の交流は、これまで30,000人を超えるが、2020年には300人まで減少してしまったが、来てくれる人はザ・ピープルや農家さんとの関わりで、実際に赴き福島への印象改善や風評被害を払拭することに繋がっているという。福島の帰還地で栽培を始めようという人も表れてきた。有機農業が人を繋ぎ、農業者の取り組みに感銘を受けて地域の人が集まるようにもなった。

また、農業だけでなく、広野町にてみんなで紡いだコットンをランプシェードにして、明りを灯すイベントも行っている。このランプシェードのように、手作りの商品をCOTTON SEEDとして世に出そう、そしてそれを地域の人の仕事にしようと活動もしている。工業的な商品は、いわきおてんとSUN企業組合がはじめ行っていたが、株式会社KITENを若者が立ち上げ「潮目」というブランドになっている。「潮目」にはゆたかな故郷の海、たくさんの人との出会い、時代の流れをここから変える、という意味が込められている。

次の地域課題に向き合う

現在、被災の賠償金が切れるタイミングで生活が破綻する人が増えている。同じ支援を続けることはできないと、次はフードバンクを始め、そこに衣服を含めたプロジェクトにした。

困窮状態にある人に直接渡すのではなく、相談窓口の人から食料衣類をお渡しすることで信頼関係の構築に繋がるのである。

福島は現在でも大きな余震があったり、昨年台風にも見舞われたりと、次の災害に備えることが必要である。コロナ禍で災害を考える講演会をはじめている。

数人で立ち上げたボランティアサークルが、様々な活動を通し、たくさんの人たちとのネットワークによって地域の課題に向き合うという組織になってきたと吉田さんはザ・ピープルを表す。SDGs17の目標の内いくつかを、ザ・ピープルは実現できるのではないか。

人との繋がりを大切に。そのために吉田さんが心がけていらっしゃること

畑でお会いする方たちがいろんな風を運んできて下さる方々と思っていて、毎回良い体験ができる。そのひとつひとつを大事にしたいという思いが接し方に出てくるのだと思うとのこと。災害ボランティアの他の地区の先輩から、ボランティアが帰る時、姿がみえなくなるまで手を振る、ありがとうという思いを表すために手を振ることはできるからと話をしてくれたといい、その手がザ・ピープルにも残っているという。

他の団体と一緒に

学びを自分達だけが手にするのではなく、他の人にも伝えたいという思いがあり、ミクロネシアの支援などを始めた。縫製という技術はザ・ピープルがもっていたが、再生可能エネルギーの技術を持っている人はおらず、他の団体と一緒に活動を行うことにした。いわきおてんとSUN企業組合を立ち上げる時に別々なNPOの想いを一つになって事業を進めていこうと考えるようになったそうだ。一つの団体が一つの見方だけで進めていこうとすると難しいことがでてくる。でも違う視点をもつ人と歩むと見えてくるものがあり、持っていないものも考えられる仲間がいる。他の団体、他のスキルのある人と一緒にということは大事である。

講演をうけての感想

今回、ザ・ピープルさんがどんな活動をしているかを初めて知ることができました。コットンの栽培だけでなく、いろいろな面から福島を盛り上げようとしている団体であると知り、そんな団体の人と一緒に活動できることができることは素晴らしいことだと思いました。福島はわたしの地元でもあるので、今後は少しでも活動に積極的に参加することができればいいなと感じました。(SHOC projectメンバー2年)

今回、ザ・ピープルさんのお話をお聞きし、その取り組み内容や課題を知ると共に、想いを感じることができました。震災から今年で10年経ち、震災の記憶の風化は、私自身が感じていることでもあります。ニュースで報道されたり、自身で調べたりしなければ、現状が分からないからこそ、今回勉強会という機会を下さり、ふくしまの今を知ることができました。

特に印象に残ったのは、二点あります。一つは古着リサイクルのお話です。私自身、使用した服などを衣料品店に持って行くことはありますが、その古着がどこで、どのように使われているのかまであまり考えたことがありませんでした。その古着の一部をリメイク品として、もう一度生活の中に取り込まれている点が魅力に感じました。二つ目は、震災の地域課題に関してです。これからの課題というと、被災地域や農業、原発などに目が行きがちですが、地域や住宅コミュニティの解体による人と人同士の心が通わないという問題を初めて知りました。その中で、様々な課題に直面している”人”を繋げるという取り組みは、コロナ渦での課題とも通じる部分があり、改めて人同士の繋がりの大切さを感じました。また、お話の中で「環境に負荷をかけているのは原発問題を抱えている福島だけでなく、世界各地で環境をいじめているという現実を変えていかなければならない」とおっしゃっていたことが、非常に印象に残りました。日々の生活の中の豊かさを追い求めることで、環境を破壊していることまでを当たり前だと思っている、その考え方を変えなければいけないと感じました。(SHOC projectメンバー3年)

古着のリサイクルを通して循環型の社会を作ろうと取り組まれていたことなど、手掛けている事業の幅広さに驚くと同時に、社会課題に対するアクションが具体的で、地域に与える影響が大きい事がよくわかり大変勉強になりました。

またSHOCが関わっているコットン栽培一つをとっても、有機農業や福島の風評被害を和らげる意味があるだけでなく、「人と人をつなげる」事ができるのだと知り、このザ・ピープルさんの活動をより多くの人々に知ってもらうべきだと感じました。

SDGsが注目される今だからこそ、社会課題解決の取り組みの輪が広がっていくにはどうすれば良いのか、ザ・ピープルさんの事例をもとに今一度自分ごととして考え、行動していこうと思います。(SHOC projectメンバー3年)

 

以上