学生ボランティア派遣 Student volunteer dispatch

チームながぐつプロジェクト第118陣 福島県いわき市行き 活動報告

「大学生ボランティア隊」派遣【第118陣】

期間:2015年6月19日~6月21日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目: 財団にてオリエンテーション~高速バスにていわきへ~夜の振り返り。

2日目: 朝食~薄磯地区にてゴミ拾い~昼食~オリーブプロジェクトにて作業補助。

入浴(仲の湯)~夕食~夜の振り返り。

3日目: 朝食~富岡町の視察~浜風商店街にて昼食とビデオ視聴~社員寮の掃除。

3日間の振り返りとアンケート記入~東京駅にて解散

 

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いてる報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

 

6月19日(1日目)

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学生ボランティアセンターでのオリエンテーション後、高速バスでいわきへ。

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いわき到着後社員寮に向かい、自己紹介後「明日からの2日間、どんな姿勢で取り組むべきなのか」を話し合い、気持ちの共有をして0:30頃終了

 

6月20日(2日目)

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朝食をとり、バスにて薄磯地区へ。

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8時半より、薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻と共に、塩屋崎灯台周辺の道路わきの草むしりをしました。休憩を挟んで約2時間の作業で、ゴミ袋55袋になりました。

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草むしりを終えた場所に、夏に大輪の花が咲くことを願って、ヒマワリの種を植えました。

ひまわり

(芽が出たと薄磯復興協議委員会のみなさんから写真が送られてきました!)

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塩屋崎灯台に登り景色を楽しんだ後、薄磯PRルームに移動し、薄磯復興協議委員会の活動の様子などの説明をうけました。短い時間でしたが、積極的に室谷さんに質問する学生の姿がありました。

 

印象深い話がいくつもありました。「若者にしてほしいこと、もし災害にあったら、まず逃げる。自分の身は自分で守れ」「たくさんの人が亡くなった場所がゴミでよごされている。亡くなった人はどう思うのだろう。ゴミで汚れていることは、明日への一歩を妨げる」などなど、自分の考えが一気に深まった瞬間だった。

震災はいつどこに起こるかわかりません。もしかしたら明日、いや今日、自分のいる場所で同じようなこと、これ以上のことが起こるかもしれない。そういう事態になっても、絶対に同じ被害にしない。そういう現地の方々の気持ちが真摯に伝わってきました。

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いわき駅までバスにて移動し、タクシーにて上平窪横山のオリーブプロジェクトへ。スカイストアさんのお弁当を食べた後、オリーブ畑に植えていた、3年ほど経過したオリ―ブを間引きし鉢に移し替える作業をしました。

 

震災で職を失っても、こうしてまた、1人で頑張っていらっしゃる舟生さんにお会いしました。オリーブの根を傷つけてしまったのに「大丈夫。君たちは頑張ってやってくれているから。」「君たちは僕ができない仕事をやってくれているんだよ」と仰ってくださいました。そのお言葉が本当に嬉しかったです。私は将来、オリーブがいわきの名産になっていると信じています。そして、その時は絶対に舟生さんのこと、今回自分が携わらせてもらった活動のことを思い出すと思います。

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途中、午前中にお世話になった、薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻が、差し入れのドーナツと共に足を運んで下さるサプライズもあり、和やかな作業となりました。

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18時、オリーブ畑の作業を終えて銭湯に向かい、有賀さん宅にて夕食。どれも美味しくて完食しました。

途中、10分ほど有賀さんが顔を出してくださいました。

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寮に戻って約3時間に渡って、「今日の雑草取りをどう思ったか」「風評被害を防ぐには?」「若者を呼ぶためにはどうしたらよいか」3つのキーワードについて意見を出し合いました。ボランティアの意義についても積極的な意見交換の場となりました。23:30頃終了。

あの黒い袋に入った凄まじい数の汚染物質がなくなる時がいつかきっとくると信じて、私たち若い世代がそろそろ真剣に原発問題にも関わっていかなければいけないと思いました。

 

6月21日(3日目)

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6時すぎから朝食後、JRで竜田駅へ向かい、タクシーにて富岡町を視察しました。

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視察ルートは、①天神岬公園(降車し約15分見学)→②福島第二原発近くの更地(降車し約5分見学)→③波倉地区→④稼働中の富岡町焼却場~⑤富岡駅(降車し約45分見学)海外メディアの取材を受ける→⑥パトカーの碑跡(降車し10分見学)~⑦夜ノ森桜通り(帰宅困難区域ゲートの目の前)

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運転手の山内さんが、会社から渡されているコンパクト線量計で、見学コースそれぞれの放射線量を

知らせしながら、学生たちの数多くの質問にも、丁寧に答えてくれました。

富岡町では時が止まったかのように家屋や車が壊されたままの町の様子を目の前にして、何も言葉がでませんでした。また、それらの取り壊しが放射能で汚染されているからだと知って「原発事故の現実を目の当たりにしているんだと」と強く感じました。原発問題については、この2日間で風評被害のお話や、タクシーの運転手さんが常に首から携帯用の放射能測定計をさげられているところ、立ち入り禁止区域のギリギリまで視察に行ったことなど考えさせられる点がたくさんありました。そして、自分が今まで放射能について何も知ろうとしていなかったことを痛感しました。

 

実際に富岡町を歩いて見れるとは思っていませんでした。富岡町を自分の目で見て、自分の足で歩くことでメディアには映らない津波の恐ろしさが感じることができました。当時からの復興状況もどれくらいであるのか、自分の目で確かめられました。

 

3日間の活動を通して、一番強く感じたのが「伝えたい」という思いでした。いち被災者として、また被災地に足を運んだ者として、生の声を現状のありのままの姿を伝えいく責任があると思います。復興が進むように必死でがんばっている方がいること、進みたくても他の問題のせいで今だ何もできない現状にあることなど、たくさんのものが切りとられた報道だけでは伝えきれないということが、そこにはありました。そこで何を感じ何を考え、次にどう活かしていきたいのかを、まだ被災地に足を運べていない人たちに伝えられたらと思っています。

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富岡駅で偶然、海外メディアの取材クルーと出会い、依頼があり、宮城出身と、福島出身の学生がインタビューを受け、被災地出身である今の等身大の想いを語りました。通訳は、高校生の時に3年間留学していた学生が担当し、物怖じせず対応する姿に頼もしさを感じました。

(この日の映像は、7月下旬PBSテレビで放送され、その後番組サイトからyoutubeにもアップされます。)

富岡町の被害を見た時に、自分の地域と被害が似ていて、目からあふれる涙が止まらなかった。外人さんには「辛かった?」「原子力についてどう思う?」ストライクな質問に上手く答えられなかったけど、思いが広がることに否定的な部分はなかった。1人でも多くの人に、今の現状を知ってもらうための架け橋になるのであれば、それは私にとっても福島にとっても、東北の被災地にとってもすごく良いことだと思った。

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パトカーの碑の跡で、運転手の山内さんと共に手を合わせ、夜ノ森桜通りへ向かったのですが、帰宅困難区域を通る際、山内さんが持っていた線量計の数値の違いに、これまで見てきた場所とは違う現実を感じたようです。

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浜風商店街に到着後、からすや食堂さんで昼食をとり、佐藤電機さんで震災時のビデオをみせて頂きました。

 

人の繋がりの中で地元の人とふれあう時があったんですが、東京とは違う福島特性の温かさを感じました。前向きに頑張っている福島の人をみて、自分ももっともっとささいなことでも、被災地の方のニーズにこたえられる活動をしていきたいと思いました。

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寮に戻り40分ほどかけて掃除を行い、最後の振り返りを行いました。「富岡町を視察して素直に何を思った?」「今回の活動を通して気持ちはどう変わったか」「薄磯の復興とはどんな状況になること?」「原発は廃止すべきか」「活動後、どんなアクションを起こすか」など、ワールドカフェ方式で1時間半に渡って学生達から様々な意見が出され、もっと時間があったらと思うほどでした。

今回の最大の収穫はボランティアとは何か、答えが出たことです。(もちろん今後変わる可能性もあります)1つ目は、とにかく行って見る事です。それだけで物足りないと思う参加者もいるでしょう。しかし、それが被災者の求めている事なのです。それによって得られる成果は「自分が被災した時に備えて防災準備をすること」です。これは反省会によって明らかになりました。

2つ目はどんな作業にも意味があるということです。1日目の作業は雑草取りでした。こんなことで地域の人が喜ぶのかな?と疑問に思いましたが、それを見た地元の人が「こんなことも自分でしてなかったなんて恥ずかしいやろう」と思うかもしれません。また「近くの海の景色に魅了され、そこが好きになる、気にかけるようになる東京の大学生が増える事も確かです。私がボランティアに参加している時に意識している事は、その地域のニーズに答えることをするということです。1日目の力仕事、そして2日目の富岡町の視察は、両方そのニーズにかなった活動だと思います。意識の高い仲間と一緒にボランテイアの本質について熱く語れたことも今回の陣ならではの収穫でした。

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アンケート記入後、いわき駅のバス乗り場に着くと、有賀さんが駆けつけてくださり、お礼のご挨拶をすることができました。

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スケジュール通りに東京駅に到着し解散式。いつもより1日短いショート活動だったのですが、凝縮された充実した時間に、学生も私もお別れするのが名残り惜しかったです。

 現地での人との出会いが一番の財産となった。何もできない。不安だ。自信がない等と考え、行動を起こさないより、まずは行動することが大事。初めはみんな分からない。分からないからこし、活動を通して知ろうとするべきだと考えました。考え一つで、自分の未来にも還元できる!!

 

人との繋がりの大切さについて確かめられました。人と人とが繋がっていなければ、東日本大震災についての教訓も伝わらなかったし、人との繋がりがなければ、今回のボランティアもできないと感じたし、繋がりがなければ、意見を共有して、今後どうしていくか考えていことはできなかったと思います。今回のボランティアで他大学の子と繋がれたことで同世代の子が同じテーマに対して、どんな風に感じて考えていて活動しているのか知る事が出来ました。繋がれたことで真剣にテーマについて、こんなにも同世代の子と一緒に考え議論できたことは、私にとって、とても貴重な経験になりました。そして更に、自分にはない考えや意見を聞かせて頂いて、これまで以上に、さらにいろいろな考え方ができるようになり、自分の視野が広まり視野の角度も多く持つことができるようになりました。人の繋がりの中で地元の人とふれあう時があったんですが、東京とは違う福島特性の温かさを感じました。前向きに頑張っている福島の人をみて、自分ももっともっとささいなことでも、被災地の方のニーズにこたえられる活動をしていきたいと思いました。

 

今回のボランティア経験で特に強く感じたことは、もっと多くの人に知って欲しいといことです。やはり、その場で見る光景は、写真やテレビで見る光景とは違うことに気づかされました。その場で感じた空気感には、何か心に残るものがあります。私はきっとここで感じた事は一生忘れないだろうと思いました。

 

今自分が生きている時間を大切に出来ることに全うしたいと思います。自分の命を大切にし、今の現状を伝え、一人でも多くの人に被災地を訪れてほしいと思います。福島県だけではなく、岩手、宮城もあります。「見に来る」だけでいい。行動するという力だけで、学べることが多くあるのだと思います。自分がしたことは返ってくる。

 

実際に体を動かして活動することも素晴らしいと思いましたが、何より地域の方々と実際に交流できたことが良かったと感じています。

今まではニュースだけで知ったつもりでいた福島、現在はニュースで取り上げられることも減り、復興は進んでいるものと勝手に想像していました。

確かに、薄磯など、復興に向けて前進しつつある地域もありました。しかし、除染が完了していない富岡町などは、瓦礫が当時の状態で残されていて、まったく復興の目途が立っていない地域も多く存在していることがわかりました。

自分は専門知識に乏しく、復興に対して直接的な支援をすることは難しいかもしれませんが、今回の経験を他の友人に伝え、福島県の現状を知らせることによって支援していきたいと思います。

 

震災には様々な問題がある(原発、防災対策、町づくり、災害看護、震災特例法、風評被害、インフラの整備、行政の対応・・・など)だから教育に関わらない面からも震災について知りたい。広い視点でこれからも震災について考えたい。

時が止まったかのように復興が何も進んでいない地域があった。復興に向けて進んでいるけれど、それぞれ、いろんな問題を抱えていた。でもそのような中でも前を向いて進んでいる人々の心に触れて、こちらが力をもらっていた。

 いわきの皆さん、いつもありがとうございます。

学生の皆さん、宮崎さん、お疲れ様でした。