学生ボランティア派遣 Student volunteer dispatch

チームながぐつプロジェクト第120陣 福島県いわき市行き 活動報告

「大学生ボランティア隊」派遣【第120陣】

期間:2015年7月10日~7月12日

場所:福島県いわき市

活動内容

1日目: オリエンテーション

2日目: 薄磯地区にてゴミ拾い・除草作業

オリーブプロジェクトにて作業

3日目: 掃除、視察

太文字部分は、参加者が日程終了時に書いてる報告書の中から抜粋したものです。 

※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。
7月10日

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日本財団第二ビルにてオリエンテーション。
東京駅からバスでいわきへ。
寮で翌日の予定確認。

7月11日

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薄磯塩屋埼灯台にて海岸のゴミ拾い、

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遊歩道の草むしりをさせていただきました。

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作業後、その後薄磯PRルームに移動し、室屋さんから被災状況や復興の様子などを説明していただきました。

薄磯復興委員会の室谷さんは仕事の傍ら、まちづくりを頑張っていらして、地元への強い思いに感服した。そのうえ、地域外の学生にも薄磯の現状を見せるためのボランティアを受け入れて下さっていることは本当に素晴らしいと思い、また大変感謝している。有賀さんも宿泊場や食事を用意してくださり、自分の生活の立て直しだけでなく、国の将来などの先を見据えている姿勢に感服した。

 

薄磯では、ちょうど豊間中学校の取り壊しが行われていました。新しい町づくりでは、ここにあったものなどを保存し、震災の教訓を伝えていくことに用いるそうです。また前回参加したときに見た、かわいらしいお魚が描かれた以前の堤防は見ることが出来ず、かわりに7.2mの新しい堤防、10.2mの防災緑地の工事の様子を見ることができました。新しい町には150戸の受け入れが可能な計画を立てているが実際には、それがいっぱいになる事はないだろう。というお話もありましたが、復興のための歩みは着実に進んでいるのだと感じました。

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灯台入口からバスに乗りいわきへ。
いわき駅からタクシーでいったんオリーブハウスへ向かい、そこから舟生さんの車に先導してもらい赤井圃場へ。

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活動場所到着後、昼御飯(スカイストアさんのお弁当)。

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うねを作りオリーブを植える作業や圃場の石拾いをさせていただきました。

私一人では、わずかすぎる力も、一緒に参加している皆さんや、Gakuvoのプロジェクトとして続けていくうちの一人として、オリーブの木を植えて、いつか実になり大きな力となり得るんだということが大変嬉しく感じられました。全体を通して感じた事は、被災地には前向きなエネルギーが溢れているということです。前を向いて、真摯に現実と向き合い、進んでいこうとする力がたくさん働いているんだということを忘れず、自分も前向きに行動に移していける人間でありたいと思いました。

 

地を耕すところからオリーブの木が倒れないように支柱を打つところまで、全て自分達で体験し、ミスをしては指導者の方に指摘され、全てにおいて自分にプラスになると思いながら楽しく行うことができました。いわきの名産のオリーブ、いわきで取れたオリーブと言われる日が待ち遠しいです。これからもいわきの復興シンボルとして大切に育てられて欲しいと思います。

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仲の湯で入浴後、有賀さん宅で食事。(有賀さん手作り)
寮に戻り振り返り・翌日の確認。

7月12日

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有賀さん宅掃除。

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視察。

原発事故の影響の大きさを知る事ができました。ニュースで統計であったり、写真、映像を見て、原発事故によって、とても多くの人が影響を受けていることは知っているつもりでした。しかし実際にきれいなのに、まったく人の住んでいない家ばかりの地域に行った際に避難をしいられている人々の存在を感じ、その人々の人生が変えられてしまったことを実感しました。そして言葉にも言い表せない悲しさとやるせなさを感じました。また、今原発の必要性や問題を考える中で、事故の大きさを改めて知る事で原発の再稼働や、それの根源にある人々の電気の使用の問題の為に私たちが何をリスクにされているのかを知り、その危険を感じました。その感覚を、今後原発について考える時に役立てたいと思います。

 

特に印象に残っているのは、富岡町で見た折れた電柱です。津波の高さ7.8mと言われても想像ができていませんでしたが、折れた電柱を見た際に、自分の身長よりずっと高くで損傷しているのを見つけ、7.8mの高さがいかに恐ろしかったかを実感しました。また、パトカーの碑では、住民を誘導するという職務を全うしなくなった二人の警察官がいたというお話を聞き、胸が痛くなりました。実際に多くの方が無念の思いをしたということを実感させられました。

 

今回の視察は、私にとってとても貴重な経験になった。実際に見てみると、テレビで観た映像と変わらないはずなのに、とても衝撃を受けた。つい先ほどまで、人がそこにいて、ソファがひっくり返り、家の中がメチャメチャになっている状況を見た時は言葉が出なかった。また、そのときに、私は今まで被災地がどこか別の世界の話だとおもっていたということに気付いた。別世界の話などではなく、現実にこの日本で起きていることなのだと、そのときに実感した。また、テレビのドキュメンタリー番組で被災者の方々の話を見て、私は今までそれらを感動ストーリーのように捉えていたのだ気付くと同時に、そんな自分をとても恥ずかしく思った。上手く言葉では表せないほど、もっと深刻で残酷なことだと感じた。

 

原発で被害を受けた富岡町では、タクシーの運転手さんから貴重なお話をお聞きすることができました。そこで聞いたのは震災当時、楢葉町の住民は、原発の様子がおかしいと察知し、住民自身の働き掛けで、すぐに避難をしたこと。一方双葉町の住民は、国の指示があるまで、そこに留まり、結局、非難したのが爆発が起きてからだったということです。このお話を聞いた時、緊急の事態が起きた時には、一人一人が危機感をもって、自分を信じるように行動を起こすことの大切さを学びました。
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運転手山内さん。3、6にわかれ乗車

久ノ浜を2年ぶりに訪問させていただいたことで、非難の区域割りの不条理さや、震災以降、前に進まない街の現状を肌で感じたことで、問題はまだまだ山積みしていて、時間のかかるものであることを感じました。

 

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からすや食堂さんにて食事。有賀さんが餃子をご馳走してくださいました。(有賀さんは来れず)
いわきに戻り寮の掃除。

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振り返り・アンケート記入。
18:00発のバスに乗り東京駅へ。

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21:30解散。
貴重な体験をさせていただきありがとうございます。今回持ち帰ったものは、まだまだ苗木の状態ですが、必ず果実へと成長させます(福島のオリーブのように)

 

私は今まで、地震や津波によってダメになった物に対処するという様なボランティアを行って来ました。しかし今回はそうではありませんでした。ゴミ拾いのゴミは別に津波で流れて来たものではなかったし、オリーブ畑も、津波によって塩害を受けたものではなく、元々あった畑を改善するものでした。そこで私はそれがどの様にして復興支援になるのかと考えました。ゴミ拾いも、畑仕事もお金を出し、また出していただき、わざわざ福島まで来てやることなのかと思いました。しかし、ゴミ拾いや畑の手伝いをやらせてくださった室谷さんやオリーブ畑の方々に、何故そのような活動を彼らが行っているのか聞く事で答えを見つけることができました。彼らはそれらを通じて地元をより素敵にし、盛り上げ復興させようとしていました。そのような形の復興もあるのだと教えられました。直接的なボランティア以外の復興の為になる、また必要なボランティアもあるのだと考えを改めることができました。そしてまた、この様なボランティアに参加したいと思いました。

 

復興が意味するものは、地域や人によって大きく異なることは当然としても、国民一人一人が正面から向き合っていくことが求められているという事実を再確認したい。地震さえ経験していない私が言えるようなことではないが、本ボランティアを通して、どこに住んでいようが、私たちの世代は、何十年もかかると言われている3.11からの復興とともに一生を送る。そういう覚悟が自分の心に生じたと感じることができた。

  

周りの人や友人から「えらいね」という言葉を受けることが多かったように感じます。しかし、実際に何をするのか、何を学んだのか聞く人はいません。それは、多くの人の心に震災は他人事、もう過ぎた事、ボランティアはえらい事、という意識があるためだと思います。しかし、私は、活動を通して震災について考える機会がふえ、多くのことを学びました。そのことを周りの人に伝えていければいいなと思います。たくさんの人が震災を振り返り、自分の身におきたときに、そして、東北で復興のために頑張る方に「私たちがいるよ。私たちは忘れないよ」と伝えたいです。風化は復興と共に進むものです。しかし、ふと震災を振り返り、東北に思いをはせるきっかけづくりはできる様に感じました。これが私が地元に帰ってからも被災地の方のためにできる事だと思います。今回の貴重な体験を一過性のものにせず、これからも微力ですが、復興のためのお手伝いをさせていただきたいです。

 

この体験がなければ考えなかった福島の様々な側面や、そもそも、復興って何という所から、自分が深く考えるようになったのは、大きな収穫であったと考えています。これまで、私は行動第一の部分があり、物事について、深く考える機会を設けることがなかったので、広い年代で自分と違った形で真剣に取り組んでいる人と、共通の問題で話が出来たことは、とても嬉しかったです。

 

参加後には、今までの胸のつかえがとれ、ボランティアに対する考え方が変化した。自分に出来る範囲内で、相手が求めていることができればいいのだと考えることができるようになった。そして、自分は本当に人間というものが好きで、人と関わることに喜びを見出す人間なのだということがはっきりした。

 

この活動に参加することができて本当に良かったと心から思う。自分の身をもって経験すること、肌で感じる事が予想以上に大きかった。今回出会った方々は、全員思いを行動にしている方々で、前向きなエネルギーを感じた。一緒に活動した皆さんが同じように経験した中で抱く様々な思い、そこで伝えるために選ぶ言葉は、どれも純粋で、とても魅力的でした。選ばれた言葉たちに触れることができて楽しかった。

 

今回の陣にご協力くださった、いわきの皆さん、本当にありがとうございます。

学生の皆さん、板倉さん、暑い中、お疲れ様でした。

皆さんの、さまざまな言葉の中から、この活動の継続の意味を感じ取ることができ、大変嬉しく思います。

これからもよろしくお願いいたします。