チームながぐつプロジェクト第123陣 福島県いわき市行き 活動報告
「大学生ボランティア隊」派遣【第123陣】
期間:2015年8月7日~8月10日
場所:福島県いわき市
活動内容:
8月7日 オリエンテーション 座禅 盆踊り参加
8月8日 薄磯山六観光にて震災当時のお話を伺う オリーブプロジェクト いわき踊り参加
8月9日 広野オリーブ村管理、二つ沼総合公園のオリーブの除草作業
8月10日 掃除 視察
太文字部分は、参加者が日程終了時に書いてる報告書の中から抜粋したものです。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。
8月7日
東京駅からバスでいわきへ。
長源寺にて座禅体験。震災当時のお話などを伺うことができました。
座禅では、動かない苦しさを感じてと教えてもらい、人間というのは動いているのが常なんだ。仏教が昔から今の生活に影響を与えている事や、集団生活では、座布団の向きも大切にしたり、小さな配慮が大切ということなどのお話を伺い新鮮でした。
駅前で行われていた盆踊りに参加。
食事は各自屋台などで購入。
仲の湯に行き入浴。
寮で翌日の予定確認。
8月8日
出発を早め1本前のバスに乗り薄磯へ。
到着後偶然Gakuvoのビブスを見かけた「海まち・とよま市民会議」会長の瀬谷さんが来てくださり
少しの間町の様子をお話してくださいました。
灯台入口バス停到着後、薄磯PRルームにて工事の様子や震災前の薄磯の写真
今後の薄磯のイメージDVDなどを見させていただいた後、山六観光へ。
社長の鈴木様より、押し寄せる津波の様子や津波が去った後の薄磯地区の写真を見せていただきながら
お話を伺いました。
バスまで時間があったので自由時間を少しとり、学生たちは塩屋崎灯台に登ったり浜辺を歩いたりしていました。
いわき駅に戻りスカイストアさんでお弁当を頂きました。お祭りでお忙しい中、松崎さんも顔を出してくださり
お話を伺うことができました。
オリーブプロジェクトへ。前回の陣からの引継ぎで貯水池の清掃、泥かき作業をさせていただきました。
オリーブプロジェクトに参加し、みんなで泥だらけになりながら作業を終えたときは、今までにない達成感を感じ、11人集まるとこんなにも早く作業が終わるのかと思い、全員の力の集まりに感動しました。
終了後、靴の履き替えとお風呂道具を取りに柳町のお宅に戻り駅に向かい、いわき踊りに参加させていただきました。
19:45終了。
いわき踊りは、たくさんの人たちが笑顔で楽しそうに踊っているのを見て、復興に近付いているな、地元の人たちの地元への愛は素晴らしいなぁと思いました。
仲の湯で入浴後、有賀さんの会社の2次会にお邪魔し食事をいただく。
(活動期間中にお誕生日を迎えたメンバーに、他のメンバーがサプライズをしました)
寮に戻り振り返り・翌日の確認。
8月9日
07:00いわき踊り翌日のゴミ拾い活動に参加させていただきました。
電車にて広野町へ広野駅からタクシーに乗り二つ沼総合公園へ。
午前中広野オリーブ村さんが管理するオリーブの除草作業をさせていただきました。
午前の作業終了後広洋台集会所にて
広野オリーブ村会長の奥様と黒田様(女性)に作って頂いたカレーをみんなでいただきました。
食事後、社会福祉協議会の中島様から震災当時の状況から今日までの広野町の出来事等の
お話を伺うことができました。
広洋台に歩いて向かう途中の産直にて広野オリーブ村会員の女性からトマトの差し入れ、
一緒に作業した山口さんからアイスクリームとトマトの差し入れをいただきました。
残してしまったルーを捨てる時、おばさんが「つらい、つらい、命すてるから」という言葉が印象的でした。
13:30広洋台集会所から広野小学校までタクシーで移動。広野東部開発地域まで歩きながら、これから復興を目指す町の現実を説明・案内していただきました。15:10の電車に乗りいわきへ。3班に分かれ自由時間。21:00より振り返り・翌日の確認。
8月10日
柳町のお宅掃除と玄関先の草むしりを行いました。
その後、電車に乗って竜田駅へ。
楢葉町・富岡町の視察。
運転手山内さん、早川さんに説明していただきながら。
想像を超える被害の大きさに驚愕した。メディアで伝えられている光景とは別物で、真実を知れた。今後、私にできる事は少ないかもしれないが、もっともっと震災復興に力を注ぎたいと考えるようになった。
震災は町のものを壊すだけじゃなくて、人々の間をも壊してしまうと思った。町がキレイになっても、人々の間にはキレイに片づけられない問題が多くあって、それをキレイにすることが非常に時間がかかるもので、被災地の人は何年も苦しんでいかなければならないと知り心が痛んだ。いわきでは人間関係で頭を抱えていたが、広野や富岡は、まだ物理的なものがなおっていない。人間関係どころか、冨岡には人がいない。本当にまだ復興は終わっていないと思った。
富岡町は、4日間の中で最も地震の恐ろしさを感じる事が出来る場所でした。津波で家の中がぐちゃぐちゃになっていたり、自動販売機がみたこともないような形で折れ曲がっていたり、信じられないような光景でした。本屋さんや散髪屋さん、コンビニなど、一瞬みただけでは生活感にありふれているのに、人影は全くない光景に、心がとても痛かったです。
有賀さんが餃子をご馳走してくださいました。
振り返り・アンケート記入。
17:00発のバスに乗り東京駅へ。
解散。
参加して強く感じた事の1つに、実際に被災地に足を運ぶことの重要性です。メディアからでも様々な情報が得られるにも関わらず、やはり実際に行くことを大切にする理由は、現地でしか見られないようなもの、聞けない話、感じられない雰囲気がたくさんあり、それは1人ひとりが少しずつ違うように感じるからです。“百聞は一見にしかず”ということわざがありますが、本当に行ってみなければ知り得ないことがたくさんありました。
終了後に感じている事は、言葉にならないほどセンチメンタルな気持ちになり、心の整理がつかないほどの動揺を感じた。心が言葉にできないほどの動揺を感じたのは、初めてだが、福島の方々は、それと比べものにならないほど複雑な気持ちを抱えていると思うので、自分も時間をかけて、きちんと気持ちを整理し、周りの人に、もっと福島の現状を理解してもらおうと思う。
人間として、どんな困難があっても、希望が非常に大事である。希望を持って粘り強く取り組んだら、絶対に成果を得られると思う。自然界の力が人間として反抗できないが人間が知恵を持って、一つ一つ改善したら安定な生活をつくれると思う。
被災地は、地域ごとに状況も今の問題点も違うということが分かった。そして、その地域の文化や歴史が震災の被害に影響している事が分かった。このことを発信することは大事だが、その発信方法についてもっと良く考えたい。
この4日間、被災地のいわき市で過ごし、強く感じたことは風化させないということでした。今まで私はメディアを通じて、震災について“知っていた”のではなく“知っていたフリをしていた”でした。今回4年以上という月日が経ってしまいましたが、多くの人に震災当時、福島で何があったのかということについて、真実を話していきたいと心から強く思いました。日本人全員が、この震災について知る必要があるのです。日本人全員がこの大震災を忘れてはならないのです。そのためには、まずは私たちがスピーカとなり、微力だと思いますが、後世に伝えていきたいと思います。
子どもの医療の話、泥棒の話、放射線の話など、実際に現地の人々からしか聞く事が出来ない内容のお話を沢山聞きました。今回のボランティアに行かなければ自分の生活とは全く関係のないことでありましたが、知る事ができて本当に良かったと思いました。東京に帰ったら、まず被災した人の“痛み”を自分なりに考えて、今回見聞きしたことを、できるだけ多くの人に伝えたいです。
自分の目で見るという事は、本当に大切なことだと思った。その土地の空気感を感じることにより、主観的にみることができて、他のことと済ませられないと思った。
また他の場所も見てみたいし、何度も訪れてみたいと思いました。現場から目を背けちゃいけないし、背けたい現実もたくさんあるし、世の中に示されるものは、事実とは限らないし、自分なりに答えを持って、さらに答えに近付けることが大事だと思いました。
今回のボランティアを通して、今まで自分が考えていたことと共通する点も想像の範囲内になかったこともありました。今まで考えていたことと共通する点は、世の中を知る時に、様々な視点をしらなければ、その物体の本当の形は見えてこないということです。
第123陣の皆さんお疲れさまでした。
引率の板倉さん、小島さん、お疲れ様でした。
福島の皆さん、お世話になり、ありがとうございました。
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